がさがさ、と草木をかき分けながら進む者達に、樹木に止まっていた鳥が羽ばたいていく。
大きな声で話しながら歩く、彼らが通った後は静けさが消えていった。
主に喧騒を生み出している先頭の者は、それに気付かず、なおも後ろの者に話し掛けた。

「ったくー、本当にいるのかよ、こんな所に!」
「いーからボス、前見て歩けって」

時折振り返ってぶちぶちと喋りかける金髪の青年は、窘められて少し不貞腐れたように前を向いた。
ふわふわと梳ける金糸の間から、白く長い耳が覗いている。
ぴん、と伸ばされた状態に、少しだけイラついている事が見て取れた。
それも仕方ないか、と着いてきていた青年の1の部下、ロマーリオは溜息をついた。
何しろ目的を探してこの森に入ってから、すでに3時間は経過していて。
自分とてさすがに疲れを感じているのだから。

「リボーンさんの依頼なんだろ、文句言うなって」
「そーだけどよー、どの辺りに生息してるかってくらい、調べといて欲しいもんだぜ…」

前を向いて歩みを進めるものの、なおも青年は文句を言っている。
この青年は…、とてもそうは見えないが、キャバッローネの十代目ボスという、大層な肩書きを持っている。
キャバッローネは古い歴史をもつ兎族の、なかなかに勢力があるファミリーだった。
そんな力あるファミリーのボスが、この青年、ディーノだ。

整った甘いマスクに、柔らかそうな金髪、若すぎる姿はボスという冠はとうてい似合わない。
しかし、ファミリーの者たちは一様に、このボスを最高のボスだと、言って憚らなかった。
兎族のボス直系の証である白い長い耳と、腕のタトゥーもさる事ながら。
彼の実力がそこらの物差しでは測り知れないほど、認められるものだったからだ。

そんなボスが、苦心しながら森を歩くのには理由があった。

「リボーンの奴も面倒な依頼してくるよなぁ…」
「仕方ない、リボーンさんには大きな恩があるんだからよ」
「わーってるよ、だからオレ自ら出向いてんだろー?」

がさがさ、ぱき。小枝を踏み、草木の間を縫い、当てのない道を進む。
彼らが今探しているのは、リボーンから言われた“雲雀恭弥”という者だった。

『奴をボンゴレの一員にしたい。並っていう森に住んでるから、説得してくれ』

リボーンの依頼は、たったそれだけで終わっている。
相手のデータも何も寄越さない、適当さ加減に辟易しつつも。
ロマーリオが言ったように、キャバッローネは彼に多大な恩がある為、断れないのだ。

「まーったく、本当にどこに居るんだ。雲雀恭弥〜、ヒーバーリー、キョーヤ。出てこーい」
「……騒がしいな、いい加減にしないと、咬み殺すよ」

ヤケになってディーノが叫びながら進んでいると、ふいに頭上から声が聞こえてきた。
気配を感じとれなくて、驚きに目を張りつつ、ディーノは顔を上げる。

その者は、太い樹の枝にすらりと立っていた。
白いシャツと、黒のズボン。黒いジャケットのようなものを肩からかけて風を受けている。
黒の瞳に黒い髪…、その間から覗いている、先の尖った三角の耳。
「僕に何のよう?」と冷たく言われ、それが探していた雲雀恭弥なのだと知った。

(げっ…、雲雀恭弥って、猫なのかよ…)

その耳と、腰の辺りから見える長い黒い尻尾を見上げて、ディーノは口元を引き攣らせた。
一目でわかるその外見は、ディーノたち兎族とは異なる猫族のもの。
温厚な兎と違って、獰猛とされている猫を説得してこいとは。
本当にリボーンも無茶を言ってくれる…、とディーノは心中で嘆息する。

「兎が僕に何の用?」

少年はひらり…と、猫特有の身軽さで樹から飛び降り、一回転してディーノたちの前に降り立った。
体重を感じさせない、鮮やかな身のこなしに感嘆の息を吐く。

「お前が雲雀恭弥だな。ボンゴレっていうでっかい組織、知ってるか?」
「知らない。僕はここ、並森以外に興味はない。ここの秩序を乱すあなた達を、排除する事だけを考えているよ」
「…騒がしたのは謝るぜ。ただ、そのボンゴレがお前を一員にしたい…っと、おわわ、あぶねっ!!」

目的を伝えようとしたディーノ目がけて、恭弥は隠し持っていたトンファー型の武器を打ち出してきた。
ディーノは寸前でそれをかわして、咄嗟に自分の獲物を持つ。

「……へぇ…、兎のくせに、あなた戦えるんだ…?」

にやり…と、好戦的な瞳を向けられて、ディーノはやれやれと溜息をついた。

「ったく、リボーンの依頼が一筋縄でいかないとは思ってたが、こりゃ骨が折れそうだな」

手にした獲物の鞭を両手で張って、ディーノは肩を竦めた。





温厚な兎は戦えない、というのが森の定説ではあったが。
兎族とて、外敵から身を守る術がなければ生きてはいけない。
ファミリーを守る為に、戦闘技術を磨いた者がボスの親衛隊となり、
そしてボスはそのトップの力を持たなければならなかった。
ディーノは歴代の中でもその力に溢れていて。部下が彼を慕う一因にもなっている。

「……どうした、これまでか?」
「まだまだ…、こんなものじゃないよ」

余裕を見せるディーノに比べて、恭弥の息は荒い。
本来なら獰猛な猫族に敵うはずはない。しかし、ディーノは恭弥を圧倒していた。
相手が経験の浅い少年という事もあったが、ディーノの戦闘能力は兎の中でも過去に例のないほどに高い。
戦いが始まって数時間が経過しようとしている。辺りも暗くなってきた。
そろそろ引き上げの時間だと悟ったディーノは、様子を見ながら加減していた攻撃の手を、一気に強めた。
素早く跳躍して恭弥の懐に入ると、鞭の柄を鳩尾に叩き込む。
恭弥はその動作に追いつけず打撃を受けてしまい。たまらずに膝をついた。

「さて…、そろそろお開きだぜ。観念して話を聞く気になったか?」
「……誰…が」

強気にもそう言いながら、恭弥は草の上に倒れこんだ。
長い戦いに一応の終わりがついて、ディーノも疲れた様子で息を吐く。

「やーれやれ、ようやく落ちた」
「ご苦労さん。これからどーすんだ?」
「とりあえず、オレたちのアジトに連れてくか」
「……大丈夫か?」

いくら意識がないとは言え、純粋な兎のファミリーであるキャバッローネに、猫を連れて行くのはさすがに躊躇われる。
ディーノは部下の危惧を察して「じゃ、オレの隠れ家の方だ」と変更した。
それについても、ロマーリオは眉を顰めた。

「それこそ大丈夫かよ?」
「だーいじょうぶだって、オレに敵わないのはわかっただろうし、暫くは大人しいんじゃねーか?」

じっくり話をつけたいしな。と、さっさと帰路に向かうボスを、ロマーリオは慌てて恭弥を担いで追った。
この調子だと、自分が付き添うと言っても、断られそうな気がする。
本人は気付いていないが。ディーノは、実力を発揮できるのは部下の前だけという、特殊な性質を持っている。

(これだけ実力差を見せ付ければ、大丈夫だとは思うが)

ロマーリオは肩にかかる軽い体重に。こんな子猫に寝首をかかれるボスでもないか、と。
彼に従って、来た道を引き返していった。

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2008.01.05