<5>


タクシーを呼んでホテルに向かい、常用しているホテルのフロアに上がった時、恭弥はふと違和感を覚える。
鬱陶しいくらいにそこここに居た黒服の姿が、見えないのだ。

「……あなたの部下はどうしたの」
「今日の夜の便で発つ事になってたからな、先に出払ったぜ」
「あなた1人で残ったの…?」

入った事のある、突き当りの奥の部屋に向かいながら、問う恭弥に「あぁ」と答える。

「日本で残った処理してから、ロマ―リオが明日迎えに来るけどな」
「………」

何でもない事のように答え、カードキーで扉を開けるディーノに続いて、二人は部屋に入る。
目的は知れていたから、ジャケットを脱ぎながらベッドに向かうディーノの背に、恭弥は問い掛けた。

「予定を変えてまで、あなたが残ったのは何故?」
「へ?…それは、お前に会っておきたかったからって。言っただろ」
「……それが、どうして理由にならないんだろう」
「恭弥?」

ぽつり…と呟く言葉が聞き取れなくて、ディーノは怪訝気に振り返った。
すぐ背後まで来ていた恭弥の身体が近づいたと思えば。
手を後頭部に回されて引き寄せられ、そのまま噛み付くように唇が合わせられた。

「……っ、ん…」

唐突なキスにもすでに慣れてしまっていて。
ディーノは少し驚いたように目を瞬かせただけで、恭弥の背に腕を回した。
深く差し込まれる舌を同じように絡めて受け入れる。
感応を擽るキスに、ぼう…っと思考がなりかけた頃、肩を押されて背にしていたベッドに押し倒された。

「キスは嫌じゃないみたいだよね」
「……そうだな、お前があんまり仕掛けてくるから、慣れたのかも」

苦笑して、身体の両側に手をついて覆い被さる恭弥を見上げる。
その返答に無表情だった恭弥の口元が僅かに上がった。

「僕の所為にするつもり?」

嘲笑するように言われてディーノは答えらず、複雑な心境を表すように片眉を下げる。
確かに、いつも仕掛けるのは恭弥だったが、それを払いのけないのは自分だ。
今も跨って押さえつける華奢な身体は、自分が押し退ければ簡単に退かせられるのだから。

困ったような表情をしているディーノに、く…っと喉奥で笑うと、恭弥は上半身を屈めて唇を寄せた。
首筋に触れて吸うと、恭弥の腕にかかっていた指が、ぴく…と揺らいだ。
擽るように舌先で、つ…と舐めてシャツの中に手を差し入れていく。
ひとまずはまだ抵抗するつもりはないらしい。ディーノは恭弥の所作を大人しく受けている。
ちゅ、ちゅ…と時折吸いながら、シャツをたくし上げて指が胸を滑って行く。
下ろして行く顔が突起に到達して、ぺろ…と濡れた舌で舐めれば。息を飲むような反応があって、恭弥はほくそ笑んだ。

「ねぇ…、振り払えない優しい先生に、僕はつけこませて貰うけど。
こんな事して、嫌じゃないなら…、もう流されてしまえば良いと思わない?」

着実に息が上がり始める事に眉を潜めながら、ディーノは揶揄るように言う恭弥に苦笑した。

「…そーゆうわけにいくかって、オレは軽い気持ちで流されるようなsexはしたくないんだ。今だってまだ迷ってんのに」

胸の内を正直に伝えながら、胸に埋めている恭弥の黒髪をそっと撫でる。
恭弥はそれに、ふう…と、溜息をついて、触れていた唇を離した。

「馬鹿だね…」

呆れたような呟きに、ディーノは、ム…と眉を寄せたが。
再度、腕を張って身体を上げた恭弥を見上げ、思わぬ真剣な眼差しにどきり…とする。
じ…っと見詰め合って数秒。恭弥は擦れる吐息交じりに、続けた。

「男同士なのに。こうやって触れられる事が、軽い事なわけがないでしょう」

そうやって言う恭弥の声が、あまりにも神妙な声だったから。
ディーノは目を大きく見開いて、息を飲んだ。

「それとも何?あなたは男でも誰でも構わないの?それこそあなたが可愛がってる、あの草食動物でも?」
「そ…っ、んなわけあるか!ツナとなんて考えた事もねーし、冗談じゃねーよ!!」

続けられた問いの内容に、ディーノは咄嗟にそう答えてから。は…っとして口元を押さえた。
それじゃ、何で恭弥なら良いのかって。そういう話になってしまうからだ。
恭弥にもそう伝わったらしく「ほらね」と、言って目を細める。

「生徒だからとか、そんな理由で曖昧にできるほど、軽いものじゃないと思うけど」
「……じゃあ、どうして…お前は、オレに触れられるんだよ」

自分のわからない意思と同じくらい疑問だった事を、ディーノは改めて問うた。
男相手どうこうという事ならば、恭弥にだってそれは当てはまる。
それを探ろうと見つめた眼差しが、ふ…と薄く細められた。

「さあね…、わからないよ。僕にも」

かわすような答えに、ディーノは肩透かしをくらった気分だ。
どうして恭弥がこういう事をするのかだけでもわかれば、この行為に意味があると思ったのに。
しかし恭弥の視線に揺らぎはなかった。わからない、と言いながらも彼の行動に迷いはない。
再度問う前に、恭弥は自ら口を開く。

「なぜ…、って思った事はあったけど。だけど、どんな感情だとかそんな事はどうでもいい。
あなたに触れたいと思うのは確かで、それだけで僕は動けるから」

「だから、僕は迷わない」きっぱりとそう続ける言葉と真っ直ぐ貫く視線が、揺らぐ心に突き刺さるようだ。
それから逃れるように視線を横にずらすと、ディーノは吐息交じりに呟いた。

「お前は…、真っ直ぐで…まいるな、ホント。いろんな感情が混ざって、迷ってるオレとは大違いだ」
「……迷ってたって、あなたは僕を払いのけない。それで充分なんじゃないの」

そして堂々巡りになりそうな思いに。ディーノは「そうだな」とようやく息を吐いて、笑みを浮かべた。

「お前の言う通りだよ、オレも嫌じゃねーって思ってんだから」

ディーノは腕を伸ばして恭弥を引き寄せると、腕の中に身体を抱きこんだ。
未だはっきりしない事だらけだったけど、恭弥が求めていて、自分が受け入れたいと思うのなら。
恭弥の言う通りそれで充分なんだろう。―――それに。

“軽い事じゃない”って、恭弥がそう思ってるのなら。
互いに触れ合える事実に。特別だっていう意味があるんじゃないか。

「……しようぜ、恭弥」
「吹っ切れた?」
「あぁ…。全く…、お前には負けたよ。子供のくせに…、いや…子供だから、か」
「その言いようはむかつくけど。大人だから迷うんだったら、僕は一生このままで居るだろうね」
「……は、大人にならないつもりかよ?お前」

くっく…と、笑いながら、沈み込んでくる恭弥の頭に手をやって、指どおりの良い黒髪を梳く。

「ならなくていいよ。今の僕でなければ、あなたを手に入れられないのなら」
「―――…お前、本当に無意識に、とんでもない殺し文句を吐く奴だな。末恐ろしいぜ」
「あなた以外には言わない」

飄々とそう返す恭弥に、だからそーゆうのが…と、再度言おうとした唇を、下から迫ってきた恭弥のそれで塞がれた。
胸を這い回る指はそのままに、口内に侵入する舌を深く絡め、息を熱くしていく。
くちゅ…と、唾液の音が耳朶を擽り、否応無しに息が上がる。
高められつつある肌を、恭弥の指がつ…と、下に降りて、ズボンのチャックを解き侵入してきた。

「……、ん…」

鼻にかかった吐息が漏れる。触れた中心は熱くなり始めていた。
感じる事を正直に現すそこに、恭弥は笑みを浮かべる。それは、自分を拒絶していない事の証だったから。

やんわりと握りこむと、僅かに腰が浮く。
その先に訪れる快感を予測してディーノの喉が鳴った。
期待するかのような仕種に、恭弥は渇いた唇を舐めて。それに逆らわずに上下に動かし始める。

「…っぅ…、ぁ…」
「反応…いいね。実は期待してた?」

途端に身体を竦ませて、小さく呻くディーノの耳元に、恭弥は息を吹き込んで囁いた。
耳奥に響く低音に煽られながら、ディーノは「んな事、ねーよ…」と、擦れた声で答える。
そう言いながらも、何度か擦られただけで固くなるソコは、言葉を否定しているようだ。

「身体は正直…って、ありきたりな台詞…」
「……、そ…思うなら、言うなって…っん…、ぁ…」

恭弥は、くす…と笑いながら、ズボンをずり下げ、扱く手で滲み出る先走りを塗りつけていく。
滑りを帯びる手の動きに快感は一層増して、息が熱くなっていった。

確かにソレを擦っているだけの簡易な愛撫に、異様なくらい興奮しているのは感じる。
行動を受け止めるという慣れない行為が、感覚を鋭敏にしているのだろうか。
ともすれば吐息に音が交じりそうになって。それを漏らさないように、ディーノは口元に手を被せた。

声を抑えようとする行動に恭弥は眉を潜めるが。
頬を上気させて、目を瞑って耐える表情が扇情的で、ドクンと鼓動が跳ねる。
これはこれで良いか…と、そのままにさせておいて、見つめながらソレへの愛撫を激しくしていった。

「…ん、…っぅ…、く…」

抑え切れない小さな吐息が漏れて、腰が小刻みに震える。
僅かに聞こえる声と、切なげに眉を寄せて快感を耐える様子に、恭弥の欲も掻き立てられていた。
ただ見ているだけでは抑えられそうにはなくて。
興奮を吐き出すように長く息を吐くと、ズボンの前を寛げて、自身を取り出す。
そうしてディーノのソレに合わせて、両手で握りこんだ。

「…っぁ…、きょう…ゃ…」
「い…から…、大人しく感じ…て」

急に触れた熱い脈に、びく…と、ディーノは目を開く。
すると、恭弥の欲に濡れた眼差しと視線が合って、どき…と息を飲んだ。
恭弥も興奮してるんだ…、と感じられて余計に身体が熱くなる。

二つのモノを包んだ両手が上下に動く。
互いの熱が交じり合って、先ほどよりも一層快感を募らせていく。

「……っん、…ぁ…、ぁ…、っ」

抑えるのも忘れて、切羽詰まったように細く声を上げると。
それに反応したように、恭弥の身体が小さく震えた。

「…ん…っ、く…」

耐え切れずに短く息を詰まらせて、ぶる…と痙攣すると、恭弥は先に精を放っていた。
包まれた手の平に熱い液が注がれて、濡れた感触が倍増する。
そのまま絞り出すように何度も上下に扱かれ、ディーノもすぐに快感を高めて。

「…ぅっ…、ァ…ッ」

引き攣った声で喘ぐと、びくびく…と腰を震わせて達していた。
はぁはぁ…と、暫く互いの呼吸が静かな部屋に響いていた。


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2008.03.05