<6>


渇いた喉に唾を飲み込んで息を整えると、恭弥は「ねぇ…」と、かすれた声で問う。

「…何か…、ある?」
「は…、何…って…?」

主語の無い単的な言葉に、同じように息を荒げていたディーノは、薄く目を開けて問い返した。

「こないだみたいな、軟膏とか」
「……あ――…、たぶん…そこの、テーブル…に」

ベッドサイドのテーブルを示され、恭弥は半身をベッドから下ろして、引き出しを開けた。
見覚えのあるプラスチック容器の蓋を開け中を確認すると、ベッドに戻る。
縁でズボンを脱いでから再びベッドに乗り上げた。
一連の動作を、ディーノは見ないようにして息を整えていた。

次に行う行為を思い出して、少しだけ緊張しているのを感じる。
あの時の痛みや衝撃は、まだ身体が覚えていたから。
後ろに恭弥の指が触れた時、思わず、びく…、と身体を竦ませてしまった。

「……大丈夫だよ、1回…出したし。…最初みたいに早急にはしない」
「恭…や…?どう…、っぁ…、っぅ…」

苦笑するような声に訝しげに問おうとしたが、つぷ…と、侵入してきた指に、ぎゅ…と目を閉じていた。
クリームを撫で付けるようにゆっくりと指が動いている。
きつさを感じるとすぐに止まる指に、恭弥の言っていた意味がわかった。
自分の準備が整うまで、待てるから…と、そう言ったのだろう。

(でも…、これは…これで、辛い…かも)

痛みはなくても、以前も感じた内部への違和感はどうしても拭い去れない。
前もこの違和感に耐えれなくて、早くしろ…と、急かしたのは自分だったはずだ。
だから今回も「もう、いいって…」と、止めようと腕を押さえたのだが。

「……駄目だよ、あなたにも感じてもらう。…そうじゃなくちゃ、つまらない」
「つまらないって…、お前な…。どうあったってそんな所で感じるわけ、ねーだろ…?」
「―――そうでも、ないみたいだよ?」
「は?…何言っ…!?…っぁ、……な、…っ」

ぐちゅり…と、先に吐き出した精液とクリームを混じらせて、中の上部を恭弥が抉った時。
ディーノの身体を、信じられない刺激が走りぬけた気がした。
そのままぐりぐりとその辺りを圧迫されて、それが気のせいじゃない事を思い知る。

「少し調べたんだけど…、男でもあるみたい、こういう所。あなたは…この辺なんだね」
「な…っ、ぁ、ぁ…っ、ャ…っ、め…」

顕著に反応を見せて声を上げる様子に、恭弥は愉悦の笑みを浮かべていた。
まるで自分が快感を施されているかのように、興奮している。
きっとこれが僕の理由なのだろう…と、唐突に思っていた。
自分が彼に触れられる理由。男の身体に嫌悪を抱かない、それどころか…もっと、乱れて欲しい。
あなたの顔が快感に歪むのを見ると、ぞくぞくと神経を刺激されて。戦闘における昂揚に似た感覚を覚える。
きっとこれが見たかったんだと。興奮を募らせて、ペロ…と、唇を舐めた。

「……ぁ、…ァ…ッ、も…、ヤめ…ろ…、って…」
「どうして…?気持ちイイんでしょ?…どうせなら、そっちの方がいいじゃない」
「それ…は、っ…そぅだけど、…これ、ヤバ…ぃ、持たない…って…っ」

縋るように恭弥の両腕を掴んで、ふるふる…と頭を左右に振った。
覚えのない体内から溢れる快感に、戸惑っている様子が伺える。
溜まっていく快感に前が主張して固く、下折立って透明な液をしとどに流していた。
その艶かしく悶える姿に、恭弥も再び中心が熱くなっていた。

感じているためか、増やした指にもキツさを感じなかったから。
もう大丈夫かと、ずるり…と指を抜いて自身の先端を当てがった。
ディーノがソレを認識して身体を強張らせる前に。ずず…っと、腰を押し進める。

「……っぅ…ァッ!!…ぁ…っく…」
「ぅ…、つ…。息…吐いて、痛く…ない、はずでしょ…?ほら…ここ…」

慣らしてはいても、内部を侵入する圧迫にどうしても身体が強張るようだ。
ぎゅ…と、引き絞られるキツさに恭弥は苦しげにうめいて。
指で探った部分を刺激するように、動く。

「ふっ…ぁ、…ぅ」
「…そう、…この辺…?…気持ちイイ?」
「…はっ…、ぁ…、ァッ…」

恭弥の動きはぎこちなくてそこだけに当たるわけじゃなかったが。
内部が擦られると、一度覚えた部分に感覚を集中させてしまい、ぞくりとした快感が溢れてくる。
何より…、普段では信じられないくらい恭弥の声色が優しくて。
たまらず恭弥の背に腕を回して、ぎゅ…と抱き締めていた。

「……動き、難い…よ」

批難の言葉をかけながらも、恭弥はディーノの腕を解こうとはしなかった。
なすり付けるように腰を押し付けて、ぐいぐい…と中を掻き回す。

「ぅ…ぁ、っ…あぁ…、きょ…や…、っぁ」
「…ぁ、…く…、あなたの…中、熱過ぎ…」

動き難そうに留まる恭弥の熱い塊が、逆に奥の方を何度も刺激していく。
駆け巡る快感に声を止める事もできず、ディーノは苦しげに喘ぐしかできなくて、恭弥の背を掻き抱いた。
耳元で引っ切り無しに聞こえる声を聞きながら、恭弥はハァハァ…と荒い呼吸を吐いた。
今は快感に歪む顔も見えないのに、甘く上がる高い声に神経が麻痺しそうだ。

(気持ちい…)

ぼう…っと霞む頭で、恭弥は快感が以前よりも増しているのを感じていた。
前と何が違うんだろう。熱くて熱くて…、気持ち良くてたまらない。
僅かにしか動けない自身を夢中で擦り付ける。抽挿は激しくないが、絡みつく中襞に蕩けそうだ。

あぁ…、そうか…。この中の熱さが…。
あなたが感じている事が、きっと誘因となってるんだ。

恭弥が身体を起こそうとすると、抱き締められていた腕が緩んだ。
出来た隙間に腕を張って顔を上げると。朱に染まる頬と切なげな表情が目に入って。
虚ろに開いた蜂蜜色の瞳が愉悦に満ちているのを見て、どく…ん、と中心が熱くなる。

「ぁ、ぁっ…、ふ…、ァ…ッ」

質量を増した内部に膝を小刻みに震わせ、ディーノは首を仰け反らせた。
艶かしいその姿態に一層中心が疼いて、頭がショートしてしまいそうだ。

「…、ホントに…たまらない。……気持ちいい…ね、ディー…ノ…」

愉悦に満ちた吐息だけの言葉に、びくん…と、ディーノの身体が跳ねて。
虚ろだった瞳が驚いたように見開かれた。

「…、何…どうしたの…?」
「…だ、…だってお前…、オレの…名…ま」
「――――あぁ…、そうか…呼んだ事なかったっけ…」

驚きに喘ぎも一瞬引いてこちらを見るディーノに、くす…と恭弥は笑みを浮かべる。

「そうだね…、今は…気分がいいから、呼んであげた…だけ…、っ」
「あっ!ぁ…っ、く…ぅ、ぁっ、ァッ…」

一呼吸ついて、今度は膝を抑えて全身で揺さぶるように恭弥は動き始めた。
膝を開かれる格好に羞恥を感じるが、抽挿が激しくてそれどころではない。
中の摩擦にどろどろに溶けてしまいそうだ。一気に快感を高められて、ディーノは高く嬌声を上げる。

「あっ、ぁ……っ、ァ…恭弥…ぁっ、くるし…、も…っ」
「……ぁ、……っく、僕も、もう…いきそ…」

ぐちゅぐちゅと接合部から激しく淫猥な液音が溢れ出した。
何度も揺さぶって欲を募らせると、身体を倒して奥深くに突き上げて。
駆け上がる射精感に逆らわずに、恭弥はディーノの最奥に解き放った。

「ぅ…ぁ、…ディ…、…ノ…」

イく瞬間に身体を痙攣させた。感じ入った恭弥の声に。
確かにもう一度呼ばれた、低くて甘い声に。ディーノも耐え切れず、絶頂を迎えて。

「……っっ!!ぁっ…、あぁッ…、きょぅ…や、っ…――」

引き攣った声を上げて全身を強張らせ、白濁を吐き出していた。





ふと目を覚ますと、隣で静かに眠る恭弥の姿があった。
どうやら行為の直後、意識が飛んでしまっていたらしい。
シーツが整えられている事に、後始末をしてくれたらしい事がわかる。

ゆっくりと身体を起こして、すやすや…と傍らで眠る恭弥を見下ろした。
ぐっすりと眠っているのか、ディーノが身体をずらして背後にもたれても、起きる気配はない。
安らいだ表情をしていると思う。そんな初めて見る表情に、ディーノは自然と笑みが浮かんでいた。

そっと、さらさらの髪を撫でると。さすがに少しだけ身じろいだから。
起きるかな…?と窺っていたら、今度は心地良さそうに表情を和らげた。
それに気を良くして優しく髪を撫で続ける。

(こうしてると…、ホントに可愛いんだけどな…)

眠る表情は、やはりまだあどけなさが残っているように思える。
恭弥の年齢を考えれば当然の事だが、意識がある時は酷く大人びて見えるから、忘れてしまっていた。

(こんな…年端もいかない、子供に…)

心身共に預けてしまった先の行為に、苦笑を禁じえない。
しかし、証明されてしまったから。
恭弥の触れる手が愛しいと、行為の間で感じてしまったから。
呼ばれた名前にどうしようもなく、心を動かされてしまったから。
もう…抜け出せない。すっかり落ちてしまっている。
こうして触れ合って充足感を感じてしまったら。言い訳のしようもないじゃないか。
オレはきっと、こいつに惚れてるんだ。きっと…、そういう意味で。

でも。『わからない』と言った恭弥には伝えられないな…と。
未だ目覚めない恭弥を眼下に、ディーノは苦笑した。
彼が望んでいるのは決して、自分が思うような甘い関係じゃないだろう。
でもオレは、恭弥の望むような関係でいれればいいと思っていた。

“あなたの時間を頂戴”

そう言った恭弥の声が脳裏に響く。
決着が着くまで、と課した恭弥の約束に。
なるべく長く興味を引いていられるようするには――…

(せいぜい…、恭弥の上に居続けないといけないな…)

すぐに越えられてしまいそうだけど。ディーノは再び微苦笑して。
飽く事なく、指どおりの良い黒髪を梳き続けた。


End / back

2007.03.05


続いているように見えますが、この連載はここで終わりです。(わぉ)
何せこっから関係が始まるわけなので、完結したら困るんです(笑)
今後続く紆余曲折の末、どうにかなるはず。現段階では恭弥は一歩遅れてます、ね。
わからないからこその行動力がなければ進まなかったですけど(笑)
とにもかくにも、長々と連載が終わりました!この段階ではまだまだ恋人とは言えません。
本当の意味で恋人になるのは何年後になるやら…、書けたら良いなぁとは思いますが。
暫くはライトなお題でしっかりくっついた甘々を書きたいと思ってます(笑)