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「……と、言うわけなんだ」
誰も使っていない病院の2階の1室。
ディーノは窓の横にもたれかかり、恭弥はすぐ近くのベッドに座っていた。
かいつまんで説明するディーノの話を、横槍も入れず黙って聞いている。
いやに大人しい態度に、寝てんじゃねーだろうなぁ…と疑いつつ、一連の話を終えた。
足を組んで、じっと聞いていた恭弥は「ふうん…」とつまらなさそうに呟く。
俯いて目を閉じていたが、ちゃんと聞いていたらしい。一息ついたところで、顔を上げた。
「…その何とかっていう群れに入る気はないけど」
「ボンゴレだっての」
「とにかく、勝てば良いんでしょ。簡単な事だ」
そう言って不適な笑みを浮かべるのは、恭弥らしいと思うが。
ディーノは組んでいた腕を解いて、前髪をかきあげると溜息をついた。
「言ったろ、団体戦だって。明日、山本が負けるような事があればそこで終わりだ」
「…そいつら、全員咬み殺せば良いじゃない」
「そうもいかねーんだ、ルールに従わなくても失格になる」
「面倒くさいんだね」
マフィアとか、ルールとか、恭弥にはどうでも良かったが。
自分だけですまない事が鬱陶しい。団体だなんて群れに、関わりたくない。
憮然と目を細める恭弥にディーノは肩を竦めて「とは言え、他の戦いは見守るしかねーけどな」と続けた。
「いろいろあって、もう後がない。もう負けられないらしいんだ」
「他の事は知らないよ、僕は勝つけどね」
きっぱりと揺るぎない言葉にディーノは「頼もしいな」と笑う。
ツナ達の戦いはかなり苦戦していると聞く。ヴァリアーの力を考えれば当然だろう。
それを思うといくら恭弥でも手こずるかも知れないが…、不思議と負けるとは思えなかった。
(多少、贔屓目もあるかも知れないけどな)
自分の生徒には勝って欲しい、そういう思いがないとは言えず、苦笑する。
「順番は指示通りだから、お前の番はいつかわからない。決まったら伝えに行くが」
「…面倒くさいけれど、赤ん坊の言葉もあるし、乗ってあげてもいいよ。ただ――」
「……何だ?」
言葉を切って立ち上がる恭弥を、訝しげに見る。
壁にもたれていたままのディーノに近づくと、とん…と、片手を壁について見上げた。
「何か見返りがないとつまらないな」
「んー?」
「この茶番に付き合ってやる報酬だよ」
「お前、リボーンの約束目当てなんだろ?それじゃ足りねーのか」
「いつになるかわからないもの。それにあの赤ん坊は時々、はぐらかすし」
信用できるかわからない。と言っている恭弥に、ディーノも何とも弁解ができない。
リボーンとの話の詳細は良く知らないし、それでなくても、彼の方が一枚上手だ。
何だかんだ、企んでいるに決まっている。
「んー…、ま、いいだろ。ご褒美ってやつだな。何でも言ってみろよ」
基本的に頼られたり、何かをしてあげたりするのは好きなディーノである。
生徒に対する褒美だと思えば悪い気もしないし、これで協力的になるなら、御の字だ。
「へぇ…?何でも?」
「あ、でも殺られてくれっつーのはなしだぜ」
恭弥なら言いかねない事を、先に釘を刺すと「そんな事言わないよ」とあっさり否定した。
「自分の実力で咬み殺さなきゃ意味がない」
「ま、お前ならそー言うわな。じゃ、何が欲しいんだよ」
「それは…まだ決めていない」
曖昧に濁して離れる恭弥に、ディーノは首を傾げるが「ま、いっか」と追求はしなかった。
自分ならば大抵の事は叶えられるし、あんまり無茶を言ってきたら窘めればいい。
それで気が済んだのか、恭弥は扉に向かった。
そのまま出て行くかと思ったら、暫く立ち止まって振り返り、口を開く。
「明日は…誰だって?」
「ん?あぁ…、明日は山本の戦いだ」
「何時から?」
「11時だ。時間はいつも同じだ。明日はオレも行こうと思ってるが…何だ興味があるのか?」
「別に」
そう言いながら、今度こそ踵を返して部屋を出て行った。
(あれは、気にしてるな…。山本を…か?)
興味がない事を聞き返すような恭弥ではない。
何かあったかなー…と、不思議に思いつつ、ディーノも部屋を出て行った。
後で、リボーンに聞いたところ。
「攻撃しようとして、山本に後ろに回りこまれたんだ。だからだと思うぞ」という証言を聞いて納得したのだった。
だとすれば、どこからか見ているに違いない。
戦いの雰囲気を掴むにはちょうどいい。
しかしその後の想像を絶する結末に。ディーノですら息を飲む事になる。
みな同様に言葉を失う様子を見て、この年齢で酷過ぎるな…と、思っていた。
(負けるなよ…、恭弥)
彼の事だから、動揺するような事はないだろうが。
この戦いが命のやりとりになりかねる事に、改めて思い知らされる。
少年達の過酷な戦いを、止める事のできない自分の立場に歯噛みした。
それだけじゃないな…、そう苦笑した時、携帯メールの振動が伝わる。
(オレは、恭弥に死んで欲しくないと思ってる)
それは自分の生徒に対する情なのか、それとも――……
『何とか保護できたぜ』
迷走しかける思考は、短いメールの報告で一瞬で振り払われた。
ツナたちに気付かれないよう小さく息を吐いて切り替えると、ロマ―リオに耳打ちする。
学校を出て頃合を見計らい、ディーノは一人、校舎の裏手に回った。
今度は違う願いを胸にしながら。
屋上で始終を見ていた恭弥は、ディーノの予想通り表情一つ変える事はなかった。
ただ、下で観戦していた面々が、沈鬱な表情になっているのを見て、目を細めただけだ。
揃いも揃って、甘ちゃんな群れだ…と、嘆息する。
命も関わるかも知れないと聞いたし、自分はいつでもその覚悟ぐらいある。
戦い自体は、レベルが高くて楽しめたけれど。
(敵を殺さないようにとか、助けようとする行動は理解出来ないけどね)
まだ、あの長髪の行動の方がわかる…、とつまらなそうにあくびをし、座っていたタンクからひらりと飛び降りた。
そのまま帰ろうとして、ふと、校舎裏に目が止まる。
数人の黒服と、そこへ遠回りをしながら向かう、見慣れた金髪。
(…何してんの、あの人)
学校内で、こそこそと集まる行動を見逃すはずがない。
恭弥はくるりと踵を返して、屋上から続く階段を駆け下りた。
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