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(持ちこたえてくれよ…)

たくさんの管に繋がれたベッドの人物を、ディーノは祈るように見つめる。
雨戦の後、部下たちが何とか救い出した彼は、裂傷と失血が激しく瀕死の状態だった。
今の時刻では病院を手配する事もできない。出来る限りの処置をし終え、今は時を過ごすしかない。
助けた理由の第一は事情を聞き出す事ではあったが。遠い過去の記憶が、祈る気持ちに加担していた。
また、死んだと思ってショックを受けていたツナや、山本達の為にも。

「これ以上は待つしかねえ、後はオレたちで交替で見てるぜ」
「いや…、オレは大丈夫だから、お前こそ少し休んで…」
「ボス。あんまり寝てねーんだから、無理すんなって」

言葉を遮り、自分の肩に手を置くロマ―リオに、ディーノは顔を上げた。
(気を使わせちゃいけねぇな…)部下の気持ちを悟って、苦笑する。
眠れるような気分でもなかったが。休むふりでもしないと、過保護な部下達は心配するだろう。

「わか…った。じゃ、2階を使わせてもらうぜ」
「ああ、何かあったらすぐ呼ぶからよ。休んでくれ」

「暫く頼むな」と言い残し、ディーノは2階の病室に向かう。
設備は主に1階にあるため、2階は誰も使っていない。
しぃん…とした室内で、ジャケットを脱いでベッドに放ると。その隣の窓際のベッドに上がった。

上がったは良いがやはり眠れそうになく。
片膝を立てて座りその上に腕を置いて、暗闇を見つめていた。

(感傷…か?)ディーノはもやもやとしている心に、客観的に問い掛ける。
階下で生死を彷徨っているのは、確かに知らない仲の奴じゃない。
しかし、ディーノは命を賭ける戦いなど経験済みだ。
今さらこういった事に動揺するようでは、マフィアのボスなど務まらない。
じゃあ…なんだ。この気分は。ディーノは頭を垂れて、ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻く。

そんな気分のまま、どれくらいそうしていただろう。
ぼう…っと、空間を見ていたら、ふいに静寂が破られた。

「心配してるの?」

来るはずのない声が唐突に聞こえ、ディーノは驚いてドアの方を見た。
いつの間に中に入ったのか、全く気配を消して来た侵入者の顔は暗くて見えないが。
誰何をするまでもなく、その声は聞き慣れている。
呆けた顔で「恭弥…」と呟くと、入り口に立っていた少年は近づいて来た。

「良く止められなかったな」
ディーノは、自分の居るベッド脇に立った恭弥を見上げる。
下にはロマーリオが居る。休んでいる所に通すような事はないと思って聞いたのだが。
恭弥は何故そう聞かれるのかわからない、という風に僅かに首を傾げた。

「寝れないそうだから、少し話してやってくれって言われたけど?」
「……あー、見抜かれてるかぁ…」

だてに長い付き合いじゃないって事だ。眠れていないのを見越してなら、わかる。
それにしてもだ。「こんな時間にどうしたんだ?」ディーノは当然と言える問いをする。

「校舎の裏でこそこそしていたから気になっただけだよ」
「何だ、どこから見てたんだお前」
「屋上。…まさか、敵を助け出しているとは思わなかったけど」

なるほど、校舎を見渡せる場所に居たのなら、それも仕方ない。
まだ内密にしておきたかったが、恭弥は誰かに言う事はないだろうから、まぁいいだろう。

「敵…か、そうだな、現状ではそうなるか」

きっぱりとそう言う恭弥に、曖昧に頷く。彼にしてみれば間違ってはいない。
自分にとっては、微妙な立場になるのだが。それを不満に思ったのか、恭弥は眉間に皺を寄せる。

「心配してるの?敵を?」

気の抜けたようなディーノの様子ををそう捕らえていたのだろう。
部屋に入った時と同じ事を聞く恭弥に、ディーノは「そうだな…」と思案するように俯いた。

「してないとは言えないな。かつて同級生だった奴だし」
「……今は関係ないんじゃないの」
「あぁ、今は関係ねえ。でも、遣り切れない…って気持ちもある」

ディーノは気持ちを表すかのように、長く息を吐いた。

「命の取り合いなんてオレ達の世界じゃ珍しくない。それでも、慣れるもんじゃ…ねぇな」
「そんなんでいいの?マフィアのボスが」
「そう言うな。オレは人情味溢れるボスって評判なんだぜ?」

軽く肩を竦めて茶化すディーノに、恭弥はぎろ…と強く睨んだ。

「それで眠れないとか、甘過ぎるんじゃない?」

低くそう唸ると、ディーノの襟口を引っつかんで引き寄せた。
唐突の事に目を見開いていたら。恭弥の顔が間近に迫って、制止の間もなく口を塞がれた。
容赦なく深く侵入してくる舌に、眉を寄せる。

「……んっ…、ぅ…」

呼吸すら奪うように吸って、舌を絡める口付けは、官能を呼ぶどころではなく。
息苦しさに、ディーノは身を引いて離れようとした。
だがその反動に合わせて身体を押され、そのままベッドに倒されてしまう。
がし、っと肩に体重をかけられて、貪るようなキスは続いて。
ようやく離れた時には、二人ともすっかり息が上がっていた。

「…は、…ぁ…何、怒ってんだ…きょ…や」

噛み付かれるようなキスが苛立っているようで。ディーノは呼吸を整えながら問う。

「――あなたの甘さに、苛ついただけだよ」
なおも睨みつける恭弥の視線を受け止めて、ディーノは苦笑する。

「否定はしねぇよ。…お前の心配もどっぷりしてる事だしな」
「……僕の?」

覆いかぶさり見下ろしていた、無機質な瞳が揺れた。
自分で言っておきながら、あぁ…そうか、と理由がわかった気がする。
本人を目の前にして、確信した。

(随分、深い存在になってんだな…、こいつが)

ディーノは手を伸ばしてその頬に触れると、そっと撫でる。
恭弥は避けはしなかったが、眉間に浮かぶ皺が不可解だと言っていた。

「お前の事が心配だよ、恭弥」
「何を…言って…」
「…いろいろ気を回してるのは確かだが、お前の事が一番大きいみたいだ」

そう言って困ったように笑うディーノに、恭弥の目が僅かに見開く。

初めての生徒への情が、行き過ぎているだけなのかも知れないが。
ツナのファミリーに必要だとかそんな事より、自分が恭弥を失いたくないと思っているんだと。
今、真っ直ぐに合わせる瞳を見つめ返して、気づいた。

ディーノは触れていた手を頭に回すと、くい…と引いた。
すると全く抵抗なく、恭弥の身体は引き寄せられ、腕の中に抱きしめられる。
どうしてこうやって触れられてくれるのか、そして自分に触れてくるのか。
恭弥は何も言わないから、真意は測れなかったが。
数日前ではありえなかったこの状況を、自分は確かに嬉しいと思っている。

(オレ…、こいつに惚れてんのかも)

それが恋情の類なのか。
人間として、揺るぎない気質に惹かれたのかわからなかったが。
大切な存在になっているのは間違いがなかった。

「僕は負けないし、あなたの心配なんて要らないよ」
「わかってるよ。勝手に思ってるだけだ」

低く抑えた声に、憮然としているのがわかるが。
それでも払いのけないで大人しくしているのは、恭弥なりの気遣いなのかも知れない。
そう思ったら、少し気持ちが軽くなって、自然と笑みが浮かんだ。

「何、笑ってるの…咬み殺すよ?」
「悪い…、あんまり心地良いもんだからさ」
「……何?」
「なー恭弥、このまま寝ててくれねぇ?」
「僕に抱き枕になれって?」
「お前の体温気持ち良くて、眠れそうなんだ。明日、勝負してやるからさ」
「……………」

最後の言葉に惹かれたのか、どうだかは知らなかったが。
腕の中で一つ溜息が聞こえ、ごそごそ…と、自分の位置をなおしてそのまま黙り込む。
それが肯定だと勝手に解釈して、ディーノは笑みを深くして。
シーツを手繰り寄せて、恭弥と共に包み込んだ。



暫くの沈黙の後。頭上で規則正しい息が聞こえてくる。
(本当に眠るとか…)あり得ない。恭弥は自分を抱き締めたまま寝入った相手に、嘆息する。

あの時、必死に助け出している姿を見て、自然と思い当るこの病院へ向かっていた。
病室に入る時に見た、あなたの沈んだ表情に何故か苛ついて。
こんなぬるい相手に適わない事に、腹を立てているんだと思ったけれど。

瀕死の奴の事で意気消沈しているかと思ったら、自分を見て心配だとか抜かす。
理解出来ない精神ではあったが、それで苛々が納まっている自分もまた解せない。

(意味がわからない…)

こうしてくっついている事に、不快を覚えない事も。
それどころか、心地良いとさえ思える事も。

(わからない…)

でも、此処から、離れたくない。
それならばこのままで居ればいい。

こういう時は考えても仕方がない…
恭弥はゆっくり息を吐いて目を瞑り、思考を止めると、暖かい体温と心臓の鼓動に、まどろんでいった。


End / back


2007.10.12

ここでも一区切り。あれ…おかしい、な…(笑)想像以上に、甘いぞ…?(笑)
なんでこうなってしまったか本当に良くわかりませんが。自分の願望だと思います、えぇ。
でも、くっつかないんだな〜まだまだ(笑)つーか、何かほのかな気持ちのまま、ずっと居そう(笑)
でも身体の関係はあるという。……うーん…(笑)
今回で、矢印が少しだけ向きましたv(笑)