◆ありがちな時事ネタ。七夕編。
※7〜8年後辺りです。


幸いにも雨は降っていないが、空は生憎の曇り。
この分では夜も晴れないだろうな…と。
自室のふすまを開けた縁側から恭弥は空を見上げ、息を付いた。
今日の夜は共に星でも見れたら…と、思っていたけれど。

ふいに、畳の上に直に放ってあった携帯が音を奏でる。
振り返ると、数歩先の部屋の真ん中で聞き慣れた着信音が鳴っていた。

慌てる様子もなくゆっくりとそちらに向かう。コール音はすでに5…、6…、7…
普通なら切ってもおかしくないが。恭弥はこの相手が決して切らない事をわかっていた。
大抵は自分が、10回以上鳴らさないと出ない性質を知っているから。

案の定いつまでも鳴り響く携帯を手に取り「もしもし」と簡単に声をかける。
すると聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。

『よお、恭弥。悪いな…』

受話口の少し沈んだ声に、出る前に過ぎった嫌な予感が確信になった。
いや…それよりも前。今日の空が曇っている事を見た時から漠然と感じていたかもしれない。

『うちの方でごたごたがあって、今日行けなくなっちまったんだ』

自分が促す前に続けられた言葉に、やはりな…と嘆息する。
こういう事は珍しい事じゃなかった。それに、自分も似たような事はする。
今のお互いの立場では、優先できる私事などはないのだ。
何かあればまず削除される予定。それはどちらも同じだ。

「そう、わかった。……今はどこに居るの?」

努めて平静に答えた声は、自分で思ったよりも溜息混じりになってしまっていた。
声のトーンは変わらないが。これは相手に気付かれただろうな…と。今度は内心で嘆息する。

『居るのはイタリアの屋敷だよ、ここから離れれなくて。……ごめんな』
「別に謝る必要なない。お互い様だからね」

存外に心待ちにして居たらしい自分の心を、本人よりも聡く感じて、受話口から申し訳なさそうに答えられる。
それも仕方のない事。今回の約束は3ヶ月も前から言っていたのだ。
つまり…それだけ長い間、会っていないと言う事。

「忙しいなら戻りなよ、そっちはもうすぐ深夜だろうけどまだ寝れないんだろ?」
『あぁ…、お前が起きたら頃にすぐ…と思って。ごめんな』
「くどいな…それ以上言わないで」

その恭弥の言葉にも謝罪しかけて、ディーノは息を飲んだように言葉を止める。
あぁ…しまったな。思ったよりも鋭く出てしまった。
きっとまた自分を責めて眉を寄せているに違いない。

『……また都合がついたら連絡する』
「わかった。…またね」

まだ何か言いたげな彼を遮るように、受話器を離して、ピ…ッ、と終了ボタンを押す。
フォローの一つもすべきだったか…と。数年の間にそれくらいの思考は浮かぶようになっていたが。
これ以上話していると落胆ゆえの感情を隠しきれない気がして、跳ね付けてしまった。

まるで今日の日の二人のようだな…。
恭弥は先ほど見上げた空を思い返し、自嘲気味に口端を上げる。
今日は七夕…。夜空が見えなければ年1度の逢瀬もままならない、天の川に隔たれたあの2人のように。
自分と彼の距離は、ほど遠い。

起きたばかりの黒の浴衣の腰紐を解いて、恭弥は着替えを始める。
予定が空いてしまったのなら、他にやる事がある。先にあの仕事を済ませて、部下に連絡して―――……
そこまで頭に想い描いて、恭弥はゆっくりと頭を振った。

いつから自分は、こんなに物分りが良くなったのだろう。
どうして感情を抑える必要がある?欲求を我慢するなんて、よほど自分らしくない。
暫くの多忙な日々と組織のしがらみに塗れて、ずいぶんと丸くなったものだ。

僕は、あの2人のように。
天に互いの運命を委ねるような真似はしない。

恭弥は手早く着替えを済ませて、畳に落としていた携帯を取る。
それから最も良くかけるであろう腹心にコールして、有無を言わせない指示を与えた。

『明後日の取引はどうするんです?帰って来れないですよ?』
「それを何とかするのが君の仕事だろう?…できないのかい」
『…………わ、かりました。でも2日が限界だと…』
「上出来だ。頼りにしてるよ」

滅多に言わない信頼の言葉に、携帯の向こうから息を飲む音が聞こえた。
最初に凄んだ時の反応とは違う。
彼は恐らく、自分が期待する以上の事をやってくれるだろう。
それに値する言葉だ。

(……約束を反故にしたツケは大きいよ、ディーノ)

あっちが来ないなら、自分が行くまでだ。
たとえ天の川が大雨で氾濫しようと、雲で辺りが見えなかろうと。
その程度で諦める自分じゃない。
学生の時の自分だったら…、どうにも出来ずに苛々するだけで終わったが。
今は違う。僕には越える力がある。

押しかけていったら、向こうは困る事もあるだろうが。
それすら…、どうでも良いのだ。
やりたい事をやりたい時に。それが自分だっただろう?
恭弥は口元に薄く笑みを浮かべて。荷物など何も用意する事もなく。
身一つのまま自室から出て行った。


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2008.07.07
わー。何としても7日にUPするために途中でGo!(爆)
See you Next !!(笑)