◆ありがち(?)な時事ネタ。ジューンブライド編。
※女装注意。ドレス着てます。


(鬱陶しい…)

机で書類を見ていた恭弥は、ソファに座る何度となく向けられるディーノの視線に溜息をつく。
彼がうざいのは今に始まった事じゃないが。今日はいつにも増している気がする。
持ち込んだ雑誌に視線を落としては、ちら、ちらとこちらを見てきて。
何か言いたげなのに、言葉はなく。ただ視線を送るだけ。
普段ならそのつど、何らかのアクションを取ってくる。
それもまた面倒だが、まだ理由が明確になる分、マシと言うものだ、

「……何なの?」

何だか、それに構ってしまったら負けな気がして、ずいぶん放って置いたのだが。
いい加減我慢できなくなって、そう問いかけた。
てっとり早くこの応接室から追い出せばいいのに。
それを出来ない自分にも腹立たしくて、恭弥は嘆息する。

「えっ?何が?」

当の本人は唐突にかけられた声に、きょとん…と目を見開いている。
どうやら恭弥が気になっている事を悟っていないらしい。
その鈍さに、余計にむっとして。恭弥は顔を顰める。

「……さっきから、人の顔を覗き見してるでしょ」

気づいていないとでも?と続けて睨まれ。ようやくディーノは、はっ…とした顔になる。

「あー、すまん。熱心に仕事してるから、声かけられなくて」
「…こちらの都合なんて構わないあなが、珍しいね」
「んな事ねーよ」

憮然とするディーノに「どうだか」と呟いてから、恭弥はパタン、とファイルを綴じて立ち上がる。
所詮、彼が気を使った所で。行動で無になるのだったら、意味がない。
ディーノが大人しくて気にならない時なんて、眠っている時くらいしかないのだ。

酷い事を思われているとは露知らず、歩いてくる恭弥を見上げると。
ディーノは「いいのか?」と首を傾げた。

「どのみち、あなたの鬱陶しい視線が邪魔で手に付かない」
「鬱陶しいって…」

歯に衣着せぬ言いように口元を引き攣らせるディーノをよそに。
ひょい…と手を延ばして、恭弥は彼が持っていた雑誌を奪う。

「あ!こら」
「……何、あなた…。結婚でもするの?」
「へ?何で?」
「―――何でもなにも。男がこんな記事見てたら、それくらいしか思いつかないけど」

そう言って恭弥は開かれていたページを、ディーノの方へ向けた。
女性雑誌のようだったが、熱心にディーノが見てたページには、多種多様なウェディングドレスの特集が載っていたのだ。

「んなわけねーだろ?オレには恭弥って存在が…」
「戯言はいい。こーゆうのに興味があるわけじゃないんだろ」

ぴしゃりと「戯言」と切って捨てる恭弥に、ひっでー…と項垂れながらも。
続けれられた言葉に、気まずそうに顔を上げた。
頭をかきかき、睨むように見る恭弥に、逡巡しながらも口を開く。

「ま、な。…それのどれが恭弥に似合うかなーっ…て思…」
「気持ち悪い事を言わないでくれる…?」

語尾を遮って恭弥が低く言うと。
いつの間にか装備されたトンファーの先が、ディーノの喉元に当てられた。
容赦なく押し付けられたそれに、「ぐぇ…」と、苦しげな声が上がる。

「ちらちら見てたのはそのせいか。やっぱり咬み殺す必要があるようだね…」
「わー!待っ…待て!ちょ、ちょっとした理由があるんだってば!!」

喉仏に当たる鉄の感触が更に強く押し付けられそうになって、ディーノは慌ててトンファーの先を掴んで止める。
それでもぐいぐいと、引かない力に「話を聞けって!」と、引き攣った

その必死の声が功を奏したのか、ひとまず恭弥の動きは止まる。
トンファーを降ろすと促すようにじっと視線を合わせた。
ディーノはふう……、と息をついて、息を整えるように深呼吸した。

「あの、さ…」
「うん」

言い難そうにぽつり…と話し出すディーノを、恭弥は急かしたりはしない。
言う気になったのならひとまずは良いのだ。嘘をついて誤魔化すような人ではないから。

「この雑誌のウェディング特集をやってる会社が、うちの取引先なんだけど」
「うん」
「今度ウェディングドレスのショーをやるんだってさ。それでちょうど日本に居たオレに、新郎のモデルやってくれって頼まれて」
「……まぁ、似合いそうではあるよね」

恭弥は、ふん…と鼻を鳴らしてディーノを眺める。
彼の容姿と体躯は、通常の美意識を持っていたら、良い方に見えるだろう。
日本人から見れば羨ましい、長身ですらりとした身体には、タキシードが映えそうだ。
モデルに推薦したい気持ちはわかる。

「…それで引き受けたわけなんだけど。一緒に歩く新婦のモデル、自分で連れて来ても良いって言われて、さ」

そこで視線を落として、ごにょごにょと続けるディーノの話しに、恭弥の表情はみるみる顰められていく。
嫌な予感がひしひしとする。この人の考えそうな事と言ったら…

「オレが連れてくんだったら、やっぱ恭弥以外に居ねーしなぁーって」
「馬鹿じゃないの」

あぁ、やっぱり想像通りだし。本当にこの考えは自分には理解し難い。

「大丈夫だって!恭弥、細いし、顔はベールとかであんま見えねぇし、きっと似合…」
「―――やっぱり、死にたいみたいだね、あなた」
「おわ!!……っぶね!室内で、んなもん振り回すな!!」
「ちょこまかと、逃げないでくれる?埃が立つんだけど」
「んぎゃっ」

かろうじて何とか攻撃をかわしてきたディーノだが、部下の居ない彼にいつまでもそんな奇跡が続くわけもなく。
ソファに足を取られてこけた所に、トンファーの先が容赦なく打ち込まれる。
ぎりぎり腕をかざしたものの、そのまま打撃を受けて。べた…と床に突っ伏した。

「だってよぉ…、本当の教会でやるんだぜ?恭弥はオレが他の女と歩いてもいーんだな」

痛そうに腕をさすりつつ、口を尖らせて拗ねたように呟かれる。
ぽつりと言う内容に、恭弥はぴく…と眉を動かした。
転がっていた床から起き上がるディーノを視界の端に入れ、眼を細めた。

「ヴァージンロードだぜー、どーせなら恭弥と歩きたいって思っただけなのに」
「……断れば良いじゃない」
「結構な取引相手なんだよ。無碍にできねーの。ま…、無理だろうとは思ったけどさ」

ふう…、と溜息をついて立ち上がり、恭弥の手にあった雑誌を取り返して、開いていたページを閉じる。
それをくる…と丸め片手に持って、ディーノは応接室の出口へ歩いて行った。

「しょうがねぇから、先方が用意するって言ってた、美人なモデルを期待する事にするぜ」

とんとん…と丸めた雑誌で自分の肩を叩きながら出て行こうとしたディーノを。
「…待ちなよ」と、恭弥は引きとめていた。
非情に不本意ではあるが、気になってしまったのだから仕方がない。
確信犯だったとしたら腹が立つが。自分じゃあるまいし、そこまでの考えはないんだろう。

立ち止まって振り返ったディーノに、恭弥は渋々…と言った風に嫌そうに顔を顰めて。

「交換条件つきなら、やってやってもいい」

と言ったのだった。





そわそわと落ち着きなく待合室に居たディーノは、立ったり座ったりを繰り返していた。
彼の準備はすでに万端だ。
びし…っと白のタキシードを着て、いつもは無造作に跳ねている髪は押さえられ、長い前髪は後ろに流されている。
無言で静かに立っていれば惚れ惚れする男前っぷりだが。
ディーノは隣の控え室を伺うように視線を送っては、うろうろと部屋の中を行ったり来たりしていた。

(うーん、本当の新郎の気分)

今、隣では新婦に扮する恭弥が準備をしている所だ。
先方にばれないように、着付けやメイクは全て自分のつてで用意しているが。
仕上がりが気になって仕方がない。きっと結婚前の男は、みんなこんな気分なんだろう。

その時、コンコン。とドアがノックされる。

「ディーノ様、準備が済みました。後で呼ばれたらお二人で舞台の袖へいらしてください」

そう言ってスタッフは去って行った。ディーノは隣に行くお許しが出たと、ドキドキしながら隣室へ移動する。
一応、ドアをノックするが、何も返事はない。
「恭弥、入るぜ?」と声をかけつつ、扉を開けた。

「……その名前で呼んだら、ばれるでしょう」

1人、部屋に残っていた恭弥は、嘆息交じりでディーノに言う。
その声は紛れもない恭弥のものだったけれど。
ディーノはそこに座っていた彼を見て、あんぐりと口を開けた。

「きょ、きょ…っ、きょーや…!?」
「…間抜けな呼び方しないでくれる。僕以外に何だって言うの」
「だ、だって化粧すっげー…、別人…。それに、髪、どーしたんだ?」
「あぁ…、何か着けられた。鬱陶しいね本当に」

そう言って嫌そうに目を細めても、何らその姿に影響する事はなく。
美人と称してもおかしくはない、普段の面影はすっぱり消えた、ドレス姿の恭弥がそこに居たのだ。

伏目がちの瞳は元々長い睫が強調されて、より切れ長に見え。
綺麗な肌にほんのり淡いピンクの自然なおしろいが乗せられて、唇も仄かなピンクのグロスが光って魅惑的だ。
前髪は2:8くらいで分けて横に流され、顔にかかる髪が緩く内側にカーブしていて顔の印象が柔らかくなっている。
横に結い上げられた髪はボリュームを増すようにウィッグがつけられ。
そこから伸びるさらさらの黒髪が、長く片方に降ろされ、一層女性らしく見せていて。
薄くかかったベールも、神秘的な雰囲気を醸し出している。

惚れた欲目も入ってるかも知れないが。どこから見ても、完璧な東洋美人。
すぐさま、ぎゅーーーっと、抱き締めてしまいたいくらい可愛い。

「か…、可愛い…恭弥、ほんっとーに可愛い。オレ…何かこのままお前つれて逃げてぇ気分…」
「―――実行する前に僕に咬み殺されるといい」
「……黙ってれば本当に美人なのに…、お前ばれないように、喋るなよ」
「わかってるよ。僕だってこんな姿で暴露したくもない」
「はー…、でも本当に可愛い…。お前白も似合うよ、黒髪に映える…」

うっとりと嬉しそうに見つめるディーノに、恭弥は内心で長く溜息をつく。
一瞬だけ鏡で見た姿は、自分には自分としか見えないため、気持ち悪い産物でしかないのだが。
ディーノがこんなに喜んでいると、少しはマシなのかと錯覚しそうになる。
それに。あんまり嬉しそうに笑うものだから。つられて笑みを浮かべそうになって、憮然とした。

(しまりのない顔…)

でれでれと笑顔を浮かべて眺め倒しているディーノに、呆れた視線を送っていると。

「そろそろお時間です」

と控え目なノックと共に外から声がかけられた。

「よし、んじゃー…行くか。ついでに、お前が恋人だって発表したいくらい」
「……そんな事をしようとした瞬間に殺してあげる」
「じょ…冗談だって、お前…仕込みトンファー持って行くなよ…?」

本気の殺気を向けられたじろいだディーノは、気を取り直すように咳払いをすると。
す…っと手を差し出して、営業向けの整った笑顔を見せた。
板についたエスコートぶりに舌打ちしたいのを我慢して。
恭弥は白い手袋をした手をその上に乗せた。

back / Next


2008.06.15