ばれないかと危惧していた事は何一つ問題なく、ショーは滞りなく終了して。
二人は割り当てられた控え室に戻って来ていた。
「やー…もうホント、お前の評判が良くって、オレは鼻が高いぜー」
見目麗しい一対に、関係者やスタッフは一様に目を奪われて賛辞を述べられ。
ディーノはご機嫌な様子で、始終にこにこと笑顔のままだ。
一方、恭弥は。最初から最後まで無言で仏頂面をしていたが。
それがまた、クールビューティだと持てはやされていた。
愛想がない事には、ディーノが「シャイで緊張してるんだ」と吹聴して回っていたが。
「約束は覚えているだろうね?」
ばさ…、と鬱陶しげにウィッグとベールを取り外し、恭弥は凝った肩を解すように首を回す。
あちこち窮屈で仕方がない。スカートはひらひらして動きにくいし、何度転びそうになった事か。
「あー!!まだ写真撮ってないのに!」
早々に脱ぎだす恭弥に、ディーノは非難するように言うが。そんな事は知った事ではない。
と言うか、こんなものを後に残るものに撮られてたまるか。
「いいから、約束。交換条件…覚えてるね?」
簡易的なウェットティッシュみたいな化粧落としで乱暴に拭い、タオルでごしごしと拭いて。
ようやくべたべたする顔の物を、取り除けて息を吐く。
世の中の半数の人達は、良くこんな面倒で気持ち悪い作業をするものだ。
それからさっさと脱衣始める恭弥に、ディーノは残念そうに見ているだけだった。
引き止めたいが、あんまりにも苛々とした様子にどうにもできない。
「ちゃんと覚えてるけどさ…、そのドレス、買い取ろうとしたら金は要らないってさ。今回の礼に貰えたよ」
「そう、じゃあ好きにして良いんだ」
「……なぁ、恭弥…、本気か?」
「この期に及んで往生際が悪い」
「だってよぉ。恭弥はともかく、オレはきっと…似合わねーぞ?」
手早く着替え、ズボンにシャツだけ着た恭弥は、わさわさと白いレースのドレスを持つと。
所在なさげにしていたディーノに、どさ…と渡した。
そう、交換条件とは。
「あなたも着て見せてくれるんなら、協力してもいい」
と、いう恭弥の要望だった。
「似合わなくても構わないよ別に。自分が着た腹いせなだけだし」
「でもなぁ…可愛い恭弥のを見た後にオレって、キツいと思うんだ…」
「良いから早くしなよ。咬み殺されて僕に着せられるのと、自分で着るのと選ばせてあげようか?」
もごもご言っているディーノを、ぎろり…と睨みつけ。
タキシードの襟をぐい…っと横に開くと、ディーノは慌てて「わかったって!」と顔を引き攣らせる。
「…そ、外には…出ない、よな?」
ドレスを椅子に置いてから、ジャケットと、べストと…どんどん脱いでいく。
さっさと下着のみになりドレスを手に取ってから。ディーノは伺うように恭弥を見る。
いくらなんでも、面識のある人たちの前には出たくない。
「安心しなよ。あなたのそんな姿を見るのは僕だけでいい」
着替える様子を、じぃー…っと見ている恭弥は、不安そうに顔を向けたディーノに、ふっと笑う。
ま、それなら良いか…と、ディーノは息を吐くと。足をドレスの間に入れて引き上げる。
恭弥でも着れるように紐で調節出来るデザインを選んだため、体格が違っても大丈夫そうだ。
ちょっと後ろのファスナーがきつくて「恭弥、恭弥、これ上げて」と背中を向ける。
何か妙な気分だな…と思いつつも、固めのファスナーをぐい…と上げた。
「ぐえ。きっつ…。ちょい、横の紐緩めてくんねぇ?」
「……緩めてから着なよ」
まぁ…自分の時とて、着てから調節していたようなので。
それを思い出してやってやると、ほ…っと頭上から吐息が聞こえた。
「それにしても、やっぱ微妙だなぁ…」
一応はちゃんと着れたものの、鏡に映った姿をちら見して、ディーノはげんなりと肩を落とす。
恭弥は一歩離れて、マジマジと上から下まで眺めた後。
す…っと壁際の戸棚に向かって行った。
「これ被ったら、ちょっとはマシになるかも」
「…って、すでに仮装の域だな、これは…」
恭弥が投げて寄越したのは、くるくるカールしてあるディーノと同じ色の全ウィッグだ。
まぁ…それで、恭弥の気が済むならいっか…と。
先に散々目の保養をさせてもらったディーノはお返しだと思って、かぽ…と被る。
近づいた恭弥が手を伸ばし、ウィッグの前髪を整えたり、地毛の部分を入れ込んだりといろいろやった後。
「化粧は良くわかんないから、頬紅と口紅だけ塗ろう」
「そこまで…やんのか」
引き攣ったディーノをよそに、化粧台から自分が使った、2点を持って来て。見よう見まねでディーノに施して行く。
何か煙たいパフを、ぺんぺんと顔に当てられ、身動き取れずに目を閉じて、ディーノはじっと固まっていた。
それからついでにベールの変わりにヘッドドレスを着け。
恭弥は再び一歩離れて全体を見ると、「ふうん…」と呟く。
「あなたの方が似合うんじゃない…?大きなフランス人形みたい」
手がけた作品は思ったよりも出来が良くて、恭弥は喉奥で笑いながら、ディーノを眺める。
顔立ちが整っているのは元より、くるくる巻き毛が顔の輪郭をぼかして、固さがない。
ちょっとがたいはでかいが、2〜3歩離れれば違和感はなくなるように思える。
メイクをちゃんとして、このままたとえ連れ出したとしても、ばれないんじゃないかと思える。
「オレ、国籍イタリアなんだけど」
「……雰囲気の問題だよ。あぁ、もう少し…化粧するから目を閉じて」
「え…まだやんのか?もー良いだろ…」
疲れたように言いながらも、ディーノは素直に目を閉じる。
また顔をぱしぱしやられるのかな…と、待っていたら。何の感触もないのに「もう開けて良いよ」と言われて。
あれ?と思いつつも目を開けた。その瞬間。
カシャ。と、機械音が。
「あーー!!!オレには撮らせなかったくせに!!!」
「良いじゃない、付き合ってやった報酬だよ」
目を閉じている間に距離を取って携帯を構えた恭弥は、こちらを見た瞬間にシャッターを切っていた。
高画質モードで綺麗に撮れた、画面に納まる白いドレスのアンティークドールは、なかなか出来が良い。
機嫌良さ気にパタン…と携帯を閉じる恭弥を、ディーノは「オレも恭弥の撮りたかった…」と嘆いている。
そんな彼に近寄り、恭弥は背伸びすると。ちゅ…と、宥めるように口付けた。
掠めるだけのそれは、口紅の味が微かにした。
「腕を組んで、あの道を一緒に歩いてやったんだ。あなたにそれ以上の事が、他にあるかい?」
「―――……ない、けど」
見上げた恭弥の言葉に、ディーノは先の教会での事を思い出して。
「そうだな…」と、にこ…っと笑った。
よほどあれが嬉しかったのか、はにかむように微笑むディーノを。
姿の所為もあるのか、可愛いな…と思えてしまう自分が恐ろしい。
「そんな顔をしていると…、今すぐ押し倒したくなるね…」
「……な。…そりゃー…オレの台詞だったっつーの、さっきのお前、可愛くって可愛くって。ぎゅー…って抱き締めてそのままベッドに行きたいくらいだったんだぜ?」
「……お互いに、趣味が悪い…」
ディーノほどしゃあしゃあとは言えないが、似たような事を思っている恭弥は、苦虫を噛み潰したように眉を潜める。
それを隠すように、もう一度ディーノの頭を引き寄せると。斜めに深く、噛み付くようにキスをした。
差し入れる舌を拒む事無く受け入れて、ディーノは腕を恭弥の腰に回す。
口紅の味が、互いの口内で混ざり絡まりあった。
暫くして顔を離すと、双方に頬を上気させ、吐息を吐く。
「ホントに…、たまらないな、その顔…、だけど…」
乱れた口紅がやけに艶かしく映る。キスで蕩けそうな顔になっているドールの顔は、背徳的で煽られるが。
恭弥はぐい…っと、ウィッグを引きずって外し、床に捨てた。唐突の所作に、ディーノは目を瞬かせる。
「恭弥?」
「こっちの方が、やっぱり好きだな…」
わしゃわしゃと、整った髪を解し、常のディーノに戻してから。恭弥はそう呟いた。
別に女の代わりが欲しいんじゃないし。どうせ歪めるなら、こちらの方が良い。
恭弥が何を言っているのかわかった気がして。ディーノは「そうだな」と笑った。
馬鹿みたいに全開に明るい笑顔。上品で可愛い人形の微笑みより、鼓動が高まる気がした。
「でも…煽られたのは確かだし。ちょっと発散させてもらおう」
「……って、ちょっと待て!このままこんな場所で、それはちょ…っ」
不穏な発言をして見据えられ、ディーノは慌てて離れようとするが。
次の瞬間、くるりと視界が反転し、後ろにある机にうつ伏せに押し付けられてしまっていた。
「ちょ…、待てって!やめろって、ドレスが汚れ、る…!!」
「…良いでしょ、そのために買い取ってもらったんだ」
「て、お前…最初っからそのつもり…で」
「―――あんな恥ずかしい事に協力してやったんだ。少しは発散させてもらわないとね。さぁ…その姿で、せいぜい色っぽく鳴いてみせてよ」
「そんなん、気持ち悪いだ、け…っ、…!!!」
背中に唇を当てて強く吸うと、逃げようとしていた身体が竦む。
「僕と…、あの道を歩けた代償だよ。これくらいのお返しは当然でしょ?」
そう言う恭弥に、ディーノは、ぐ…っと口を噤んだ。
偽りであったとしても、一生、叶わないはずの道を。
一緒に歩いてくれた事が嬉しくて嬉しくて。暫く、顔がにやけるくらい嬉しくて。
こんな事でお返しするのも嫌だなと思いつつも。仕方ないなぁ…と嘆息して力を抜いた。
諦めた様子のディーノに、恭弥は背後でほくそ笑む。
(まぁ…、僕としても、理由があったわけだけど)
あなたが他の女と歩くのだけは、我慢がならなかった、なんて。
そんな事を言ってやるつもりは当然なく。恭弥はディーノの背に覆い被さると。
ちゅ…、と首筋にキスを落とした。
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2008.06.15
写真を嫌がってた恭弥ですが、普通はショーなら記者が撮りますよね(笑)
恐らくはディーノが圧力をかけて、自分のとこだけは撮るなって言ってたんでしょう。
あんまり表に顔を曝したくないだろうし、ディーノも。
ぶっちゃけどっちに着せるか迷ったんですが。うちのサイトだし、両方着せてしまへ。と思い切りました(笑)
私は二人とも可愛くて綺麗だと、恋は盲目的に信じてます(笑)(笑)
美青年とか美少年って、女装しても綺麗ですよね!(笑)
ただ、ドレスを着ただけってのは、やっぱ気持ち悪いだけだと思います(笑)
ディーノは髪が微妙に長いから、まだマシかな?(何が)