◆ありがち(?)な時事ネタ。花見編。


(何をしてるんだ、あの人は)

恭弥がふと、屋上から視線を下げると。
校庭の端で突っ立っている人物が目に止まる。

その容姿は学生には見えず、かと言って到底教師とは言えない風体で。
ついでに、やたらとふわふわと目立つ金髪に遠目であっても誰かが判別できた。

ディーノは一人で、ぼー…っと、校庭の端に並んでいる桜を見上げているようだ。
もう花も終わる頃だったため、風が吹く度に桜の花びらが盛大に舞い。
まるで桜色の雪の中に居るように見える。

恭弥は、一つ溜息をつくと。携帯を取り出して、ディーノにコールする。
すると、小さく見えていた姿も動いて何やらを取り出し、手を耳元にやっていた。

『よう、恭弥。どうした?』
「……どうしたじゃないよ。目立つからそんな所に突っ立ってないでくれる?」
『なんだ、どっから見てるんだ?』
「そんなのは関係ないでしょ。いいから早く帰りなよ」
『お前に会いに来たんだって。場所教えないなら、ずっとここに居るぜー?』
「…咬み殺すよ…?」

脅迫めいた言葉に恭弥の声が低くなるが。
動こうとしない相手に嘆息し「いつもの屋上だよ」と言って通話を切った。

すると、眼下の人物も手を降ろして、くるりと振り返る。
屋上を見上げたディーノと、遠目でも視線が合っているのがわかった。
その姿は軽く手を上げてから校舎の方へ歩き、見えなくなる。

暫くして、屋上の扉が開く音がした。振り返らずとも、ディーノだと言う事はわかる。

「ホント、屋上好きだよなー」

いつもの緩い笑みを浮かべながら、ディーノは柵にもたれていた恭弥に近づいた。
隣に並んだ彼にちらりと見上げると。ふいに恭弥は手を伸ばして、ディーノの髪に触れる。

「ん?」
「花びら、ついてるよ」

恭弥は、さ…っと乱暴に髪を払い、着いていた桜の花びらを落とした。
それでもなお付いている花びらを、ディーノはぷるぷる、と頭を振って落とす。

「いやー、奇麗なもんだからさ。見惚れちまって」
「…もうほとんど終わりの桜だよ」
「そうなんだよな、それが少し残念だぜ。もっと早くに来れば良かったな」

ディーノは柵に腕をかけて「ま、オレには十分だけどな」と、上から桜を眺める。
その様子をちらり…、と横目で見るが、恭弥は何も返答はせず、柵を背にもたれ視線を内に向けた。
恭弥にしてみれば珍しいものでもないし。とてもじゃないが、彼のように楽しむ気にはなれない。

何が珍しいのか、暫くじー…っと桜吹雪を眺めた後。ディーノは唐突に切り出す。

「なぁ、恭弥。花見しよーぜ」
「……見てるじゃない」
「そうじゃなくて!桜の下で宴会やるんだろ?日本ってさ」

低くしていた姿勢を伸ばして一歩身体をずらし、ディーノは目の前に立つ。
自分の両脇に手を置く彼を見上げると、鬱陶しいくらいの笑顔がそこにあった。
押し退ける事はなかったものの、恭弥は不機嫌そうに眉を寄せた。

「いやだ」
「なんでだよー!いいじゃねぇか、恭弥だって桜は好きだろ?」

当然、と言った風の言葉に、恭弥は憮然として視線を落とした。
少しの間、考えるように言葉を噤んでから。「…好きじゃないよ」とぽつりと呟く。
苦々しい言い方に、ディーノはきょとん…と目を見開いて、首を傾げた。

「だいたい、あんな終わりの桜で花見をする奴も居ない。したいならもっと早く来る事だよ」
「オレだって早く着たかったけどな」

苦笑しながら言う日々忙しい彼は、来たい日に来れるような生活をしていない。
どうせなら、完全に散ってから来れば良かったのに。と恭弥は溜息をつく。
そうすれば「花見」なんて馬鹿な事は言い出さなかったのに。

もっと煩く食い下がるかと思いきや、ディーノは、
「ま、好きじゃないならしょうがねーか」と苦笑して。恭弥の髪に口付けしてから抱き締めてくる。
恐らく自分の心情を感じ取ったのだろう。普段、のほほんと鈍い様子を見せているくせに、意外に他人の感情に敏感だ。

「次はもっと早く来るぜ。オレも満開の桜見てみたいしな」

話は終わり、とばかりに言い背に腕を回す。それでも、きっと自分の肩越しに桜を見ている。
軽く言ったディーノの声に、残念そうな色が含まれているのに気付いて、恭弥は目を閉じた。

瞳の裏に思い描いたのは、とある山の上の光景だ。
あそこならまだ、ほとんど散らずに残っているだろうな…と、考えてしまって。
恭弥は抱き締められる腕の中で、憮然とした。
散りかけの桜でこれだけ騒いでいる彼が。
あれを見たら、どんなに驚くだろうと、思ってしまったから。

「……今日は何時まで居るの」

身動きせずに、腕の中に納まっていた恭弥が呟いた。
不思議そうに目を瞬かせたディーノだったが。
「今日はずっと居るぜ?明日の昼に帰れば良いからな」と問いに答える。

もしすぐに帰るのなら、流してしまおうと思ったが。
恭弥はディーノの返答に溜息をついた。自分も大概…、この人に毒されたな…と。

「花見…しても良いよ」
「えっ、本当か?」

溜息混じりに言う恭弥に、聞き返すディーノの声は明るくなる。
その身体をぐい…と押して見上げ「ただし」と恭弥は続けた。

「今夜、来れるなら…ね」
「へ?夜??花見なのに…夜すんのか?」
「質問は受け付けないよ。来ないならしない」

するり…と腕の中から逃れて屋上の出口に向かう恭弥を、ディーノは慌てて追いかける。

「わかったって、行くって。もともと、今夜はお前と居たかったしさ」

そう言ってディーノは、応接室に向かう恭弥の隣に並んだ。





「……なぁ、恭弥。まだ着かないのか?」
「何。もうバテたの?だらしがないね」
「ちげーよ!疲れてるわけじゃねーって」

呆れたように言う恭弥の背に、ディーノは憮然として言う。
言っていた通り、夜に待ち合わせた恭弥とディーノは。並盛の端にある山の中を歩いていた。
それが延々と、かれこれ1時間ほどだ。体力には自身があるから、ヘバっているわけではないが。
もくもくと歩いているうちに、何が目的だっけ…と、疑問に思い始める。

「オレ、校庭の桜で十分だったんだけどなぁ」
「…文句があるなら、帰るけど」
「そうじゃねぇっつの!…良いけどさ、お前が連れてってくれる所なら」
「なら黙ってついて来なよ。あともう少しだから」

そう言って恭弥は、歩き難そうな山道をすたすたと身軽に進んで行く。
慣れた様子に、良く向かう場所なんだろうな、と言う感想を抱いて。
ディーノは「ま、いいか」とキリをつけて、着いて行った。

恭弥の行った事は本当だったようで。それから10分ほど進んだ所で「着いたよ」と立ち止まる。

「ん?」
「ここから向こうに出れるから」

山道から外れて横に進んだ恭弥は、茂みの向こうに顎をしゃくった。
先に行け、と言っているような仕草に、ディーノは怪訝に思いつつも。
僅かに分かれている茂みの方へ歩いて掻き分けていく。

「……っ、うっわ…」

がさがさと抜けた先で。ディーノは思わず、声を漏らしていた。

暗い茂みを抜けた先には小さめの湖があって。
その周りに未だ満開に咲き誇る、見事な桜の樹木がずらっと並んでいたからだ。
今夜は月も明るく、湖の上に抜けた天から煌々と桜が照らされていて。
夜だと言うのにはっきりと、その荘厳な姿は視界に飛び込んで来た。

ほけー…っと、驚いた表情のまま見とれているディーノをちらりと見上げ。
恭弥は口端を吊り上げて、薄く笑みを浮かべた。そうでなくては、連れて来た甲斐がない。
ここは毎年来ていた自分のとっておきの花見の場所だ。
今年は来るつもりはなかったが。記憶と変わらず、やはりこの場所は素晴らしいな、と思う。
しかし…

(……これだけの桜を目の前にすると、やっぱりキツいな)

恭弥は、ぼーっと動かないディーノからそっと離れ、一本の桜の根元に腰を下ろした。
見上げれば一面の桜色。僅かに覚える眩暈に眉を寄せて、恭弥は視線を下げて目を閉じる。

ディーノに言った「好きじゃない」と言う言葉は本当だった。
自分だけの場所を毎年確保するほど、恭弥は桜が好きだったが。
今では、嫌な記憶を呼び起こし、実際囲まれると、軽く眩暈を覚え、気分が悪くなる。
奇妙な病気はすでに治っているものの。苦々しい記憶が、未だ深く残っている事を実感していた。
自分の状態を試したかった事もあって、実行した事だったが。
やはり、良い気分では見られないな…と結果付けて薄く瞳を開ける。
するといつの間にこちらに来ていたのか、ディーノのアップが目に飛び込んで来た。

「……っ」

桜の残像に気を取られていて全く気付けなかった為、恭弥は驚いて目を見開いた。
恭弥の様子に、ディーノは眉を潜めて髪を撫でる。

「…気分、悪そうだな。ごめんな…本当に嫌いなんだな。無理言って悪かった」

詫びてから心配そうに覗きこんでくる視線に目を細め。恭弥は息を吐く。

「……別に嫌いじゃないよ」
「でも、つらそうだぜ。苦手なんだろ?」
「もともとは、好きだった。でも…今は嫌な事を思い出すから好きじゃないんだ」
「―――そっか。本当にごめんな、もう帰ろうぜ」

深くは問いただそうとはせず、ディーノは微苦笑して恭弥の頬を撫でる。
それから顔が近づいて、軽く唇を合わせてきた。
すぐに離れようとするそれを。恭弥は後頭部に腕を回して引き止める。
嫌な気分を紛らわすかのように、性急に舌を割り込ませ、深い口付けを仕掛けた。

ディーノは何かを感じ取ったのか逃げようとはせず、閉じていた唇を開いて恭弥の舌と絡めた。
暫く風の音だけを聞きながら、何度も互いの口内を巡り。
息が熱くなってきた頃、ぐい…と、恭弥の身体が引かれて。
木の根元の柔らかい草の上に、押し倒されていた。覆い被さったディーノはそのまま熱っぽいキスを続ける。
互いの吐息が絡みあい、端から聞こえる唾液の音に煽られますます口付けは深くなった。

「……は、…恭弥…」

息苦しくなったのか、ディーノは熱い息を吐いて、離れて行く。
両脇に手をついて身体を離すディーノを見上げると。同時に視界いっぱいに広がる桜が目に飛び込んできて。
くらり…と、眩暈がした。しかし、それは先ほどまでの嫌な気分ではなく。

(……変わった)

むかむかしていた気分が、今は消えているように思えた。
相変わらず、ふわり…と浮くような感覚を覚えるが。
それはまるで。酒にでも酔ったかのような、酩酊感。

「…恭弥?大丈夫か?」

自分を通り越して、ぼんやりと視線を留める恭弥に、ディーノは心配そうに問う。
はらはら…と、僅かに桜の花弁が降って来て、柔らかそうな金髪に絡まった。
恭弥は何も言わず手を伸ばすと、髪を梳いて着いた花弁を落とした。
隙間から洩れる月の光に反射して、綺麗だな…と。純粋に思える自分に驚く。
先ほどまでは見るだけで気分が悪かったのに。

「恭弥?」
「……大丈夫だよ。今は、気分は悪くない」
「―――…そうなのか?」

きょとん…と、不思議そうに目を瞬かせるディーノに、恭弥は自然と笑みを浮かべていた。
梳いていた手を止めて頭を引き寄せると。抵抗なく引き寄せられる。
ディーノは恭弥に体重をかけないように腕を両脇に置いて再度、二人は唇を合わせた。

恭弥は口付けを交しながら薄く瞳を開け、視界の端に入る桜を見つめる。

風に揺れるたびに、ひらひらと舞う花びら。頭上に広がる満開の桜。
未だ記憶が払拭されたわけではなく、1人で花見をしようとは思えないが。

あなた越しならば、楽しめるのかもしれない。


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2008.04.08


?がついているのは、きちんとした日付のイベントじゃないからです(笑)
でもネタ的にはきっとありがち。恭弥は桜は好きですよね、きっとね。
でも例の一件でトラウマ的になってるかなっと思って、こんな感じに。
時事ネタはやたらと甘いな…と、砂糖を吐く思いです…
つか、恭弥がディーノに甘い(笑)

この後は、きっと花見しながら行為になだれこむ事でしょう(笑)

一応4/8は花祭という行事があるそうですが(笑)
桜とはあんまり関係ない(笑)