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<冒頭から抜粋>
初めに認識したのは声だった。
深く深く沈みこんでいた意識が、脳裏に響くそれに引きずられて浮上してくる。
甘くて艶っぽくて、堪らなく欲求を掻き立てる声だ。
聞いた事のあるような…でも、どこか違うような。ぼんやりとした思考の中で考えても違和感の理由には辿り着けない。
次に感じたのは身体の異変。どうした事か腕が動かせない。
不自由さに苛立ちを覚え、まどろみの中で手を動かそうとしていると次第に置かれている状況を把握出来始める。
どうやら手は後ろで縛られているようだ。それから口は布か何かで覆われて喋れないようになっていた。
いわゆる猿ぐつわというものだ。
己の状況を認識してさらに腹立たしく思えば、夢の中でもがいていた恭弥は完全に目を覚まして、は…と目を見開いて顔を上げた。
「………っ」
そして飛び込んできた光景に息を飲む。
夢から覚めたばかりだというのに、眼前に広がるのは恭弥の現実からはあり得ない事で、まだ寝ぼけているのかと疑いたくなった。
見知らぬ部屋で自分はソファに座らされているようだ。
そして正面にあるベッドで絡み合う身体が二つ。何をしているかわからない程子供ではない。
恭弥にも覚えのある行為だったから。
異常な状況である事に動揺するよりも先に、AVさながらにセックスをしている2人に視線が釘付けになってしまう。
先ほどから聞こえていたのは組み敷かれている方の悩ましい声だった。
暫く呆然と行為に見入ってしまったが、聞き覚えのある男の声に、もしやと思い顔を凝視する。
揺さぶられる度に揺れるふわふわの金髪は、恭弥の良く知る青年に酷似していた。
一瞬、自分以外の相手に蹂躙されているのかと思いかけるものの、恭弥はすぐに違和感に気づいた。
似てはいるが、あれは『彼』じゃない。目隠しをされていて顔が良くわからないが何故か確信出来た。
違うものだと思えば、意識は行為自体に向いてしまう。思春期の少年には中々に刺激の強い光景だ。
ベッドが軋む度に首がのけ反り、甘くて掠れた嬌声を上げる姿を見て、脳内を巡っていた疑問が飛んでいく。
瞬きも忘れていると、ふいに視線を感じて。顔を上げれば上に居た方の男がこちらを見ていて、鼓動が跳ねた。
短い黒髪に鋭い目つき。誰かに似ている…と思うまでもなく正体は知れていた。あれは『自分』だ。それも何年か後の。
彼は恭弥と視線が合うと、口端を上げて薄く笑んだ。艶めいた微笑は鏡でも見た事はない。
成長しているとは言え己と同じ造作の顔でこんな表情が出来るのかと、恭弥は目を見開く。
視線が注がれているのを認識して彼はぺろりと唇を舐めた。
それから組み伏せた身体を抱き抱えて正常位から座った形になり、ベッドの弾みを利用して身体を揺さぶり始める。
「……っぁあっ…、んぅ…っく…は、あっァ…、ァ」
途端に高く上がる声に、恭弥はごくりと唾を嚥下した。
黒髪の青年が自分だったとすれば、抱かれている方も数年後の彼…ディーノなのだろうと予測出来る。
眼前で絡み合っているのは未来の自分達なのだ。非現実的な出来事に未だ夢を見ているような感覚だった。
ディーノは青年の背を掻き抱き惜しげもなく声を上げて身体をくねらせていた。
喘ぎの中に時折「恭弥」と呼ぶ声が混じり、自分じゃないとわかっていても、ドキ…と鼓動が弾んだ。
ベッドに膝を付いて自ら腰を上下させ熱を味わっている姿は淫らで、堪らなく恭弥のオスを刺激した。
自分にまで聞こえる抜き差しする水音と、卑猥に出入りする熱の塊が視界に入り、体内の血が沸騰するほどの興奮に満たされる。
風紀委員で没収したアダルトなDVDを確認するのにさわりだけ見た事があるが、興味を引かれた事はない。
それなのに今は紛れもなく反応している。
相手が彼だからなのか、生で見る行為の迫力に押されてなのかは知らないが、
恭弥自身は熱を持ち、隠しようがない程に張り詰めていて。
ズボンの前が窮屈になるのを感じて気まずくなり、恭弥は俯いて視線を反らした。
しかし目に焼きついた映像と、聞こえる声はどうしようもない。手は拘束されていて耳をふさぐ事も出来ない。
己の吐息が掠れるのを感じた。はぁ…と、静かに息を吐いて鎮めようとするも、効果はないようだ。
恭弥の心中も知らずに行為はどんどんエスカレートしていって、甘い声も小刻みに上がるようになっていた。
「んっぁ、ふ…ぁっ…んン、あぁっァ、も…イく!きょ…やァ…イっちま…ぅっ」
「良いよ…、我慢しないで」
切羽詰まった声に反応して、低く響く声が応じていた。優しげな声に驚いて恭弥は伏せていた顔を上げる。
いつの間にかディーノの目隠しは外されていて、露わになった表情に瞠目して瞬きが止まる。
「は…っく、…ぁぁ…、恭弥っ…ん、あぁ――ッ!」
一際高く声が響けば、身体がびくびくと痙攣して傍目からでも絶頂を迎えたのがわかる。
ディーノは頬を上記させ、とろんと目と唇を半開きにして感じっていた。
年を重ねている分の違いがあるとは言え造作は同じ顔が、快感に歪んで蕩けた表情を見せている。
見慣れぬ表情に恭弥は目が離せなかった。
恭弥とてディーノとセックスをした事はある。
2人の関係は曖昧だったが、手合わせをしているうちに興奮が高まり勢い余って押し倒したのが始まりだ。
自分を好きだと言って憚らないディーノが断らないのを良い事に、
彼の顔が快感に歪む顔にゾクゾクする感覚が堪らなくて何度か行為を交わしているが。
(あんな…、蕩けた顔は見た事がない)
感じた声も出すし共に達しているから気持ち良いのだとは思うが。
今、目の前で喘いで乱れているような、溺れた様子を見せた事はなかった。
激しく性感を煽られる艶めいた表情を、恭弥は呆然と眺めていた。
びくん、びくん…と小刻みに身体が震え、ディーノは力が抜けてベッドに倒れていく。
雲雀は背を支えながらそっと寝かせて身体を離した。それから適当に己自身をティッシュで拭うと、顔をソファに向ける。
一部始終を見続けていた恭弥は、は…っと息を飲んで。それからバツの悪そうに顔を背けた。
すると、クス…と笑う声が聞こえて眉間に皺が寄る。
睨みつけてやろうと視線を戻すと、彼はベッドから降りてすぐ近くの自分の前に立っていた。
「良い見ものだったかい?あぁ…、君には刺激が強かったかな。窮屈そうだね」
笑い混じりに言われるのが癪に障るものの、膝を折り己の中心に手の伸ばす相手に驚き、腰を引く。
「何のつもり…」と言おうとした声は布に阻まれて、むがむがと呻くだけだった。
それに気づいて、先に猿ぐつわに手を伸ばすと後ろで結んであった布を解いてやる。
「途中で邪魔されたくなかったからね、黙らせて貰ったけど」
「…ついでに手も外しなよ。咬み殺してあげる」
「ふ…、懐かしいね。こんなだったかな…僕は」
息苦しくもあった布がなくなり、大きく息を吸い込むと、恭弥はぎろりと青年を睨みつけた。
殺気にみちた視線は、並盛では泣く子も黙る威力だったのに、この男はまるで動じた様子もなく。
先ほど止めた手を、恭弥の中心に持って行きズボンの上から撫でた。
明らかに硬くしている自身に触れられ、びく…と僅かに腰が揺れる。
「僕たちのセックスを見て興奮した?この頃はやりたい盛りだし、覚えたてだろうから…無理もないよね」
「…っ…、やめなよ…。何を…」
「ただの気まぐれだよ。こんな機会二度とないだろうし…楽しませて貰おうかと思って」
どうして恭弥が此処に居るのか目的は何か、いつ戻れるのか。
聞きたい事は沢山あったが。目の前にいる人物は自分とは言え酷く気に入らなくて、咬み殺したい衝動でいっぱいだった。
しかもあろう事か煽られて過敏になっている中心に触れてくる。
今まで見てきた情事が色濃く記憶に残っていて、少し撫でられただけで張り詰めた前が更に窮屈になるのを感じた。
「…、ぅ…離せ…って、言ってる…っ」
身体が反応するものの、恭弥の心は流されるのを必死に堪えていた。
唯一自由な足で相手を蹴り飛ばすが、その足首は難なく押さえられる。
外そうともがくも、細身の体躯のくせに力が強くて抜ける事は出来ない。
彼は己の片膝で恭弥の太股を押さえつけると、触れていた手を動かし始めた。
ズボン越しだと言うのに触れ方が巧みで否応なしに熱を高められる。
ぬるりと布が擦り付いて自身が濡れ始めているのを悟り、ぎり…と唇を噛んだ。
跳ね除けたくても、快感を生む手に微妙に力を込められなくて、苛立たしさで殺気が満ちる。
簡単には心折れない恭弥に、青年は嬉しそうに舌なめずりした。
「ふふ…、強情だね。でも、それでこそ僕…かな」
「いい加減に、しなよ…っ」
「…良い顔。でも悪戯はこれくらいにしておこうか…。ちゃんと楽しませてあげるよ」
握った自身をぐにぐにと弄られどうしても掠れる声に心中で舌打ちをしていれば、急に手が離れて恭弥からも離れていく。
それには、ほ…と、相手が背を向けた瞬間に安堵の吐息を漏らしていた。
何故かはわからないが、彼にだけは醜態を見せたくはなかった。
別に他の人間だって同じ事が言えるが、あの大人の自分にだけは絶対に嫌だ。
ベッドに戻った青年が何をするのか見つめていると、半分寝かかっていただろうディーノを揺さぶり起こした。
まだ余韻が消えないのか、起きたもののぼんやりと視線を彷徨わせている。
覚束ないディーノの腕を掴んで起こせば、半ば引きずるようにソファへと連れて来た。
何も着ていないディーノは促されるまま恭弥の前に膝を着く。
恭弥は、何のつもりか聞く事も出来ず情事の色濃い跡の残る姿に目を奪われていた。
いく場所にも付けられた紅い痕や、腹にこびり付いた精液。
未だ仄かに肌はピンクで艶めかしく、何よりぼんやりと蕩けた表情に視線が止まった。
近くで見ると、元のディーノとは完全に違う事がわかる。
もともと若く見えるせいか老けた所は感じないが、大人の深みというか艶が備わったように思えた。
どちらかと言うと元気であっけらかんとしている、元の彼には感じなかった色気があって。
それに見蕩れてしまい、ディーノが己の足に手をかけた時にも大して反応を返す事が出来なかった。
「この人相手ならイけるだろう?」
「馬鹿な…、何を言って…」
まだ夢心地なのかディーノは背を押され頭を恭弥の中心に近づけられても、特に抵抗もせずに足の間に身体を進めた。
馬鹿な事を…と、思っていても。その先の期待を悟ってしまえば身動きが出来ない。
時代が違うとは言え何回か身体も重ねている相手で。ディーノに欲情出来る事は身を持って知っている。
息を飲んで見ていると、ディーノは躊躇なくチャックを降ろして中から恭弥自身を取り出していた。
近づいてくる唇に、ごくり…と喉が無意識に鳴る。
手でされた事はあるが口でされた事は今までない。
いやらしく舌を伸ばしながら、己の先端に口付ける顔に熱を煽られていた。
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