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◆恭弥がマフィアに誘拐されてしまう本です。
誘拐云々より、救出時のアクシデントでディーノが倒れた後の方がメインな感じです。
付き添う恭弥は、意思のない姿を見て何を思うか…
少しばかり、恭弥が切ない本になっていますが、ラブラブで終わります(笑)
ギャグっぽい要素はありません。シリアスです。
<冒頭一部抜粋>
「お前が、どっかに行っちゃう夢」
『――……それは、有りえない事では、ないかもね』
なるべく軽くそう言うと、く…、と喉奥で笑う声と共に、意地悪い言葉が返ってきた。
確かに恭弥は、いつ何処へふらりといなくなるかも知れない、そんな気質を持っているけれど。
今し方見た夢は、そういうのでは無いと、思っていた。
もっと暗い。嫌な予感がする夢だったのだ。恭弥の存在自体が、居なくなってしまうような、恐怖を感じて。
良くわからない不安に駆られてしまった。馬鹿な杞憂だと思うけれど。
「意地の悪い言い方すんなよなー、お前の事だから、本当に居なくなってもおかしくないけど、さ」
沈む気持ちを振り払うように頭を振って、わざと明るく言った。
また、揶揄るように返事があると思ったら、数呼吸、向こうの言葉が止まる。
ディーノは怪訝そうに眉を潜めた。
「恭弥?」
『先の事は知らないけど。まだ、何処にも行く予定はないよ』
だから…、と一呼吸を置いて、恭弥は淡々と続けた。
『寂しいなら、あなたが来なよ。僕はここに居るから』
声は相変わらず無愛想で感情のないものだったが。その言葉に、ディーノは目を見張る。
何処にも行かないから、安心しろって。そう言っているように聞こえて。
遠まわしに気遣ってくれるように思えて、笑みが浮かぶ。
そんな事を言われたら。余計に会いたくて仕方がなくなるじゃないか。
「……そうだな。お前の居る所に、行きたいぜ。――会いたいな、恭弥…」
そう、思いをストレートに言うと、電話の向こうで言葉を詰まらせる様子が伺えた。
似合わない事を言って、憮然としているのだろうか。恭弥の様子が想像できて、くす…、と小さく笑った。
それを聞かれてしまったのだろう『もう、切るよ』と、少し苛立たしげに聞こえる。
「あぁ、ごめん。そろそろ時間もないよな、そっち」
『そうだよ、昼の時間は短いんだから、長くつきあってる暇はない』
「そうだよな、ありがとな話してくれて」
『―――……その腐抜けた声のまま来たら、追い返すからね』
「はは、大丈夫だ。お前の声、聞いて元気出たから。近いうちにそっちに行くぜ」
『少し元気がないくらいの方が良いかも知れないね…あなたは』
すっかり元の調子で恥ずかしげもなく言うディーノに、呆れたようにそう返して。
『じゃあね』と、通話が切れた。
返答する間もなく切られてしまったが。
ツー、ツー、ツー…と終了音を出す画面を見て、ディーノは笑みを浮かべる。
電話してみて良かった。と思いながら、役目を終えた携帯を、パタンと閉じた。
暗い気分はすっかり払拭されている。この調子なら、また眠りにつけそうだ。
少しだけ朝に近くなった時刻を見て、寝れる時間を計算して。
ディーノは再びシーツの中に潜り込んで、瞳を閉じた。
*
昼の見回りを終え応接室の扉を開けようとして、恭弥は中の気配に目を細めた。
誰か居る。そう悟って少しだけ気を引き締め、部屋の戸を引いた。
ただ恭弥には、居るのが誰なのか、おおよその予想は付いていたが。
入ると同時に、声をかけられると思っていたのに、それは成されなかった。
しかし真ん中のソファには、想像通りの人物が陣取っていた。
自分が来た事も気づかずに、すやすやと寝息を立てている、金髪の青年が。
呆れたものだと嘆息して、恭弥はソファに近づいて見下ろす。
(殴ってやろうか)そんな不穏な事を思いつつ、じっと顔を見つめたが。
そこに浮かぶ疲労の色に溜息をついて。拳を振り下ろす事はなかった。
そのかわりに、ディーノの鼻をむぎゅ、とつまんでやる。
途端、不快そうに眉間に皺を寄せて、暫く後に「ふが」と、変な声を上げて目を覚ました。
「不法侵入の上、居眠りとは良い度胸だね」
「……恭、弥?…恭弥…、良かった、戻ってきた…」
咎める言葉には反応せず、ディーノは何故か切なげに言い、中腰だった恭弥の身体を引き寄せた。
寝ぼけた唐突な行動を咄嗟に避けれなくて。恭弥はぎゅう…と、抱き込まれる。
普段と違う加減のない力に苦しげにもがくと、「痛いんだけど」と、呟いた。
すると、すぐに腕が緩められた。
「…あ、悪い。夢じゃなかった」
そう言って恭弥を見る声に揺らぎはなくなっていた。どうやら覚醒したようだ。
纏わりつく腕を鬱陶しげに払おうとすると、加減しつつもがっちりと背に回され、退けられない。
「…ちょっと…」
「ごめん。少しだけ」
非難めいた声を、ディーノは静かにそう言って止めて。腕の中のぬくもりを離そうとはしなかった。
恭弥は嫌そうに眉を寄せるが、引かなそうな雰囲気に諦めて身体の力を抜き、胸に顔を置く。
暫く、互いの鼓動だけが聞こえる、静かな時間が過ぎた。
「まだ、夢見てるの?」
数分が経過して、ディーノの腕の力が緩んだのを見計らい、恭弥は隙間から顔を上げた。
様子から察したのだろう、数日前の電話で聞いた事を指して問う。
ディーノはばつが悪そうに苦笑いし「毎日じゃないけどな」と答えた。
つまり、何度か見ている事は、肯定されたわけだ。
「……何がそんなに、不安なの?」
「わかんねぇ。不安…っていうより、嫌な予感っつーか…、お前、身の周りに気をつけろよ」
こちらが聞いているのにも関わらず、そんな事を言うディーノに、恭弥は顔を顰める。
「人の心配をする前に、自分をどうにかしたら?」
そう言ってディーノの顔に手を伸ばすと「酷い顔」と付け加えた。
「……そんなに酷いか?」
「覇気がないし、クマも見えるし、青白いし、見るに堪えないね」
「暫く寝不足が続いてるからなぁー…って、ずいぶんな言われようだぜ」
苦笑しつつ、しかしディーノは、それが冷たいだけじゃない事を知っている。
口悪い言葉を吐きながらも、頬に触れる恭弥の指は、とても優しい。
それに普段だったら問答無用でソファから叩き落しているだろう。
決して表情や言葉には出さないけど、今の状態を配慮してくれている。恭弥は本当は優しいのだ。
それが、ごく稀な存在に対するものだけというのは、ディーノは気付いていないけれど。
「本当の事を言っただけだよ。寝不足だったら、ここに来る時間を睡眠にあてれば良いでしょ」
「どうせあんまり寝れねーし。お前の顔見たら、少しは安心するかなって思ってさ。3時間くらいしかないんだけどなー」
「……呆れた、たったそれだけの為に来たわけ?」
「日本に来たのは仕事だぜ。無理にこっちの仕事を早めたおかげで、ロマーリオが飛び回ってるけど」
ディーノは、自分に時間を作るために奔走してくれた部下を思いだし、気まずそうに苦笑いする。
どうりで居ないと思った。恭弥はいつもつき従っている姿がないのを納得する。
ボスのお守りも大変だな。自らもトップである自分を省みず、恭弥はそんな感想を抱いた。
「……ここに来てからどれくらい?」
「んあ?…あー、30分くらいかな?」
「そう」
脈来のない問いに、律儀に答えるディーノを薄目で見て、恭弥はリミットの時間を計る。
午後の授業に重要なものはなかったはず、それなら――……
「寝不足のあなただから、特別にここで寝かせてあげるよ」
「えー、せっかく恭弥に会えたんだから、寝たくねーよ」
「――…すぐに、眠りたくなる」
恭弥は低く囁くと、口を尖らせていた彼の顎を掴んで接近し、唇を合わせた。