5:従属
仕事でもないのに、日本へ行くと言う。
最近、ボスは頻繁にそう告げて、本国から発っていく。
いや…頻繁っつっても、たいした回数じゃねーよな。
(デートの回数としてはな)
キャバッローネ10代目ボス、第一の側近であるロマ―リオは、煙草の煙を、ぷはー…と吐く。
月に数回あるかないか。それでもイタリアと日本の距離を考えれば多い方だ。
本来なら、私用でそれだけの時間を費やして留守にする事は好ましくない。
しかしキャバッローネのファミリーは、誰一人そこに不平を言うものは居ない。
その事で仕事に穴を開けた事は一度もないし、それ以外はファミリーに全てを捧げているボスだ。
誰しもが、それくらいの我が侭見逃してやりてぇ…と、思っているのだ。
(むしろ、ようやく叶えてやれる事ができた、っつーくらいだ)
そう思えばこそ。
目の前の光景がいくら理解ができなくても、ロマ―リオは来日の度にボスに付き添うのだ。
再度、深く煙を吐くと。学校の屋上のフェンスにもたれて視線を上げる。
「……っと、今の攻撃はなかなかだぜ。連係、上手くなったなー恭弥」
「当んなきゃ意味がないよ…、少しは大人しく…受けなよ!」
「それじゃー手加減になっちまうだろー?そっちの方が怒るくせによぉー」
ガガガガガ!…と、凄まじいスピードで攻撃をかわし合っている二人に、苦笑を禁じえない。
あれで…、実に楽しそうにしてるんだよなぁ…ボスは。
ロマ―リオは、恭弥とディーノがただならぬ関係である事を知っている。
だから、恭弥に会う為に仕事を詰めて、日本に来る行動は理解できる。
しかしその後はどうにも、通常の恋愛とはかけ離れ過ぎているのだ。
なんせ、会えば会ったで、あぁやって勝負を繰り返して時間を過ごしているのだから。
(デートっつーのも、憚られるよな。…そもそも、そんなつもりじゃ、ねーか)
恋愛なんていう言葉にも当てはまらない気がする。しかしただの師弟関係でもない。
実に微妙で、曖昧な二人の関係は…やはり二人にしかわからないのだろう。
(お。今日は早く終わったな)
飽きる事のない連撃の嵐が、ふと止まって。二人は離れた。
立ち上がって見ていると、ディーノがこちらに歩いて来る。
「すまねぇロマ―リオ。恭弥の傷、診てやってくれ」
「ん?珍しいな、ボス。手が滑ったのか?」
すぐに治療が必要な怪我なんて珍しい。
本気で攻撃をしながらも、寸前で軌道を逸らすくらいできる力量を持っているのに。
そう言った思いで問うとディーノは気まずそうに苦笑した。
「これの所為でさ、ちょっと気を取られちまって」
そう言ってディーノが出したのは、携帯電話。
着信があった事がわかる、チカチカとした光が点滅していた。
「うちのもんからか?まず、オレにかけるよう言ってあんのに」
「いや…、リボーンだよ。ちょいかけ直してくっから、その間に頼む」
「了解」
(とは言っても、大人しくしといてくれればいーけどな)
ボスに軽く手を上げてから、応急処置用の救急箱を持って恭弥の方へ歩いて行く。
恭弥は利き腕の傷を押さえて、じっと立っていた。
ロマ―リオの心配は杞憂だったようで。
固いコンクリに座った恭弥は、何も言わずに治療を受けていた。
切れた服を避けて消毒をし、ガーゼを当てて包帯を巻く。
いくら我慢強くても、傷が痛くない人間はいないのに。
消毒を含んだ綿で血を拭った時でさえ、眉の一つも動かさない。
可愛げが無いを通り越して感嘆するぜ…、ロマ―リオは、小さく笑った。
「……何?」
それを見咎めて、恭弥が声をかけてきた。
いけねぇ。内心での事が、外に漏れちまったらしい。
「いーや。何でもねぇよ」
「…………」
適当に誤魔化す様子に興味をなくしたのか、恭弥は嘆息して視線を戻した。
すなわち、電話をかけているディーノへと。
その視線をちら…、と盗み見て。ロマ―リオは再び、口元に笑みを浮かべる。
決して熱っぽい色はしてねぇのに。何かに焦がれるような、そんな目で。
咬み殺すだの、なんだのと憎まれ口を叩いていても、本心ってのは垣間見える。
二人を見ていて、本当に一緒に居て良いのかとか。
ディーノからの気持ちがカラ回りしてんじゃねぇかとか。
このままじゃボスの為にならねぇんじゃ…とか考えた事もあったが。
ふいに見せる恭弥の視線は、そんな懸念を飛ばしてくれる。
「お前さんが、うちのファミリーのもんだったらなぁ…」
もっと一緒に居る事もできるし、ボスが無理をする事もなくなるのに。
ただそれだけの思いで、ぽつ…と呟いたら。
恭弥は視線を向けて「冗談じゃないね」と一言で切り捨てた。
「何でだ?勝負だって好きにできるようになるし、諍いは絶えねぇから退屈しないぜ?」
「それに興味がないわけじゃないけど、あなた達と同じ立場になって、群れるなんてお断りだよ」
「ひでぇ言い草だな。お前さんなら幹部にだってなれるだろうに」
「…あの人の、縄張りの中に入るなんて、冗談じゃないよ」
その言葉にふとした翳りを感じて、ロマ―リオは、んん?と怪訝気に見返す。
「近くに居てもそれじゃ意味がない。ここに来るために、無理をするくらいで丁度いい…」
最後は聞かせる為では無かったのだろう。呟くような小さな言葉は、口の動きで察した。
(付き従うくらいだったら、離れている方がマシって事か)
今でさえ、ボスは恭弥の事を対等だとは思っていないだろう。
可愛い生徒に構いたい、そんな気持ちを隠さないからだ。
それがファミリーなんかに属してしまったら。ボスの中でさらに“守るべき者”になってしまう。
もしかしたら、ボスはそれでも良いのかも知れないが。
恭弥はあくまで、対等で居たいんだな…と、今の言葉でわかった。
(ま…、恭弥の性格からして、ボスに従属するとか、ぜってー無理だしな)
ヘタすると、ファミリーが崩壊しかねない。
自分の言った事ではあったが、恭弥がその気にならなくて助かる、と思った。
はたから見ると、いろんな意味で距離のあり過ぎる二人だが。
これくらいの距離がなくては、成立しないのかも知れない…と、ロマ―リオは肩を竦めて。
電話を終えて戻ってくるボスに、バトンタッチした。
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ずっと、どっちかが、どっちかに従属…?と思って悩んだんですが。
良いじゃん、今付き従ってる人の事書けば。と思い直したら。
そっこーで出来上がった次第です(笑)珍しいロマ―リオ視点。絡み少なくてすみません。
うちのロマさんは、恭弥の事はお気に入りです(笑)