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頬に何かが触れて、深く沈みこんでいた意識が、浮上し始める。
暖かい感触が往復し、くすぐったくてオレは僅かに身じろいだ。
ざりざり。
―――?あぁ、これ…、舌の感触か…?
誰だよ、舐めんな。オレはまだ眠い…。
どうにも身体がだるくて、覚醒したくなくて、顔をそむけようとした時。
がり。
「いってぇー!!!」
鼻先への唐突な痛みに、一気に目が覚めた。
「ようやく起きた」
「お、おま…!!噛むなよ!!」
状況を一瞬で把握したディーノはひりひりする鼻先を押さえつつ、覗き込んでいた少年に抗議する。
恭弥は悪びれた様子もなく黒い耳をぴくぴくと小さく動かすと
「さっさと起きない方が悪い」と、しれ、と言った。
本来、目覚めは良いディーノだったが、今朝はやけに身体が重い。
その原因が昨日の、しかも目の前の少年にある事に。
誰のせいだ…、とぶちぶち、理不尽さを覚えながらベッドを降りようと身体をずらすと、
「…いっ…つッ!」
途端に下の方から響く鈍痛に、身体を曲げて蹲った。
「あぁ…、初めてだったみたいだから、今日は起きない方がいいかもね」
くす、と笑いながら言う声を聞きながら(このやろぉー…!)と心中で毒づくも、
いやーな部分がじくじくと痛んで、確かに起きれそうにない。
長い耳がへにょ…と、垂れているのを見て、恭弥は小さく笑んで顔を寄せると、はむ、と唇で甘く食んだ。
びくん…っ、と耳がはね上がり、上体が起きる。
そのまま肩を押され、反動で再度ベッドに寝かされた。
「寝てなよ。そのまま話を聞いてあげる」
そう言って背にクッションを置いてくれた恭弥に、ディーノは目を瞬かせた。
いいとこもあんじゃねーか…と、思いかけて。昨日からの所業を思い出し、首を振る。
しかし、この機会を無駄にするわけにはいかない。
ベッドの隣に座った恭弥に、ディーノはようやく本題の話を始めた。
とはいえ。リボーンからの依頼内容以外に伝えられる事はなかったのだが。
「……ふーん…」
「詳しくはリボーンから聞いてくれ。たぶん、部下がもう呼んでると思う」
「必要ないね。断るから」
すげなく、きっぱりと言う彼にディーノは眉を寄せた。
「もうちょっと考えてくれたっていーじゃねぇか。ボンゴレっつたら超巨大ファミリーなんだぜ。うちと違って猫だって何だっているし」
「関係ないよ。どこかの群れに入るなんて冗談じゃないし、退屈だからね」
話は終わり、とばかりに恭弥が立ち上がりかけた時。
唐突に至近距離から、第三者の声が聞こえた。
「退屈はさせないぞ」
「……!!」
いつのまに入ってきたのか座っていた恭弥の背後に、小さな人影が一つ。
気配を悟れなかった驚きに、ば…っと振り返ってから。
その姿に更に目を見張って、「…赤ん坊…?」と、恭弥は見たままを呟く。
「リボーンだ。そこの兎の、元家庭教師だぞ」
そう言って、ひょい、とディーノの足元のベッドに飛び乗った。
唐突な登場は慣れっこなのか、ディーノに驚きの色はない。
恭弥はまじまじと、その小さな姿を眺め、息を一つ吐くと、椅子に座り直した。
「なるほど…、君も素晴らしく強さを感じるよ。面白いね」
「ボンゴレにはもっといろんな奴が居る。諍いも絶えないしな、退屈はしないぞ」
淡々と言うリボーンに、恭弥は「ふうん…」と思案するように視線を落す。
先ほどは見られなかった考える様子に、やっぱリボーンはすげーな、とディーノはこっそり思う。
「君みたいなのが居るなら、確かに興味はあるね。でも僕は並森を統べる役目がある」
「始終ファミリーに居る必要はねーぞ。大事があった時に協力して欲しーんだ」
「……それくらいなら、構わないか。でも一つ条件があるよ」
「退屈しないだけじゃ足りねーか?」
「それはそっちに都合が良いものだからね」
さくさくと進められる会話をひとまず区切って、恭弥は椅子から立ち上がった。
リボーンは変わらず無表情で「要求はなんだ?」と先を促す。
恭弥は、ちら…とディーノへ視線を流すと。
「これ、ちょうだい?」と、まるでお菓子をねだるかのように、軽く言った。
急に当事者に引き戻されたディーノは、目をまんまるにして「はぁ!?」と叫ぶ。
「……気に入ったか?」
「そうだね、強いし飽きなさそうだし。暫くは楽しめそうだから」
「だが、こいつもファミリーのボスだ。くれてやるのはちょっと難しいぞ?」
「僕も始終連れて行きたいわけじゃない。気が向いた時に会えれば良いよ」
「なるほど。それなら構わないな。んじゃ、そーゆう事でよろしくな、ディーノ」
「…じゃ、ねーよ!勝手に決めんな!!」
自分が蚊帳の外で話を進められて、ディーノは憤慨して声を荒げる。
「何でボンゴレの事でオレが身売りしなきゃならねーんだ!」
「ボンゴレへの恩返しだと思え」
喧々と抗議を言うディーノを、リボーンは一言で黙らせた。
ボンゴレには多大な恩義がある。それを再確認させられて、ディーノは、ぐ…と声を詰まらせて歯噛みする。
リボーンは「決まりだな」と、にやりと笑い、ベッドからぴょんと飛び降りた。
要件は済んだのか、ててて、と扉に向って。途中で立ち止まって振り向いた。
「ただ、こいつの意思は尊重してやれよ。落すのは自分でやってくれ」
「…大丈夫だよ、もう陥落済だから。…ねぇ?」
「へ…っ?」
そう言って近づいた恭弥がおもむろに手を伸ばすと、ディーノの顎を捕えて上向け。
顔を寄せて唇を合わせる。
「…!!?…んー!、…っ…」
突然になされる口付けにディーノは目を白黒させるものの。
咄嗟に押しのける事ができなかった。
嫌悪を感じるどころか、甘ささえ覚える口付けに、危うく溺れそうになって。
「…なるほどな」と、呟いたリボーンの声にようやく状況を思い出し、顔をずらした。
「お…っ、お前ー…!!リボーンが、居るってのに!!」
「じゃ、居なかったら良いんだ?」
腕を突っぱねて押しのけたディーノを、ほくそ笑んで恭弥は見下ろす。
それを、やはり変わらぬ表情で見ていたリボーンは、「納得したぞ」と声をかけた。
「その様子じゃ、ディーノも異存はないみてーだし。円満解決だな。じゃ、これからよろしくな、ヒバリ」
最後に「んじゃな」と短く言って、リボーンは去って行った。
あまりの展開の早さに、ディーノは空いた口が塞がらない。
「な、な…」
「昨日の今日で、振り払わなかったって事は、嫌じゃなかったんでしょ?」
茫然とリボーンが出て行った扉を見ていたディーノに、残された恭弥は声をかける。
ぎこちなく顔を動かして、ディーノは恭弥を見上げた。
「嫌だったら、すぐ退けられたはず。そうしなかったって事は…」
恭弥はじっと視線を合わせたままベッドサイドに座り、口端をつりあげる。
確信めいた言葉に、ディーノは目を細めた。
(こいつの言う通りかも知れねぇ…)内心で思い、舌打ちする。
どうやらオレは、こいつにはまっちまったらしい。
好みな容姿と雰囲気に飲み込まれ、加えて昨夜の強烈な刺激に、まんまとやられた。
「……お前は、何でオレを気に入ったんだよ」
「言ったでしょ?強いし、飽きなさそうだし、簡単に壊れなさそうだし。それに…」
恭弥は言葉を切って、手を差し伸べディーノの頬に触れた。
にこ…、と今までより柔らかい笑みを浮かべると。
「…こんな奇麗な獲物もあまり見ないからね」と低く囁くように言う。
それに、どくん…と鼓動がはねてしまったら。もう間違いない。
ディーノは触れている手に、自分の手のひらを重ねた。
事実上の了承とも言える行動に、恭弥は笑みを深くすると
「これから、よろしくね。ディーノ」
と、楽しげに言ったのだった。
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2008.01.12
唐突に始まった、ケモノ耳シリーズですが、ひとまず終わり!(笑)
いやー、何か最後はケモノ関係なくなってますね…(笑)もっと、耳の表現とかすれば良かった(笑)
しかし勢いで書いてしまったのでまぁ良いか(爆)
絵チャで頂いたネタを、書かせて頂きました!有難うございました!!楽しかった!(笑)
一応くっついて終わったのですが、この後、付き合い始めた二人の話もちみっと書いてみたい(笑)
うちの二人より、甘くなりそうだなぁ(笑)