<3>


大空戦。並盛中で激しい戦闘が行われている頃。
ディーノが待機している病院の中でもまた、事態が大きく動いていた。
手術後ずっと昏睡状態だった彼が、とうとう目覚めたからだ。

待合室でその連絡を聞いたディーノは看護婦に礼を言うと、急いで病室へ向かう。

(何とか間にいそうだな…)

9代目の事も気がかりだが、奴が目覚めたからには並盛へ連れて行かなければならない。
ツナ達の決着に必要な事だ。

「よし、急ぐぞロマーリオ」

ディーノは部下達にてきぱきと指示を与え、並盛中へ行く手はずを整えていった。





そうして。向かったディーノやりボーンら一同が見守る中。怒涛の大空戦は終了した。
ツナ達の勝利という結果に、ディーノは顔を綻ばせつつも、素早く部下に指示を与える。

「おまえら、怪我人を!」

鋭くそう言ってから、自分は中央で倒れるツナの元へ駆け寄った。
そこへ、ぴょんぴょんと軽い足取りでリボーンが近づいた。

「こいつは外傷はあまりないから、家に運んでくれ」
「だが、一番激しい戦いしてたんだぜ、大丈夫か」
「死ぬ気の炎でガードし続けてたからな。体力を限界以上に使ってるだけだ。一番安らげる家で休むのが一番だぞ」
「わかった。じゃあ、車一台向かわすぜ、お前も乗ってけ」
「そうさせてもらうぞ。後は頼んでいーのか?」
「任せとけよ。こんな事くらいしか今回できなかったしな」

そう言って親指を立てて笑うディーノに、リボーンも、に、っと笑った。
そこで携帯の振動がポケットを揺らし、ディーノは慌てて携帯を取り出す。
今は緊急の用件のはずだ。送信されてきたメールを見て、ディーノの表情が明るくなった。

「9代目の容体は持ち直したそうだ。もう心配ない、安心しろ」

怪訝そうに見上げていたリボーンに、ディーノが言った。
リボーンは僅かに瞠目し、軽く息をつくと。
「……世話になったな」と、静かに言う。
神妙な言葉に、ディーノは(珍しい…)と、目を瞬かせるも、リボーンの肩を軽く叩いて、微笑んだ。

「オレも十代目を見送ります!!」
「だーめーだ!お前は病院だ!!!」

そんなやり取りをしていた中、獄寺が遠くから叫び、ロマーリオに止められているのを背で聞いて、二人は顔を見合わせ、笑った。

「んじゃな」
「おう!またな」

短くそう交わし、リボーンは運ばれるツナと共に、車に向かっていった。
各々、怪我人やヴァリアーの残りを連行して行く中。
ディーノはきょろきょろと頭を巡らせて一人の姿を探した。

皆が向かう正門とは、逆の方向へ歩いていこうとしている人物に目が止まる。
遠目ではあったが、それが恭弥だと確認できて。ほ…と、息を付いた。

「きょーや!」

駆け寄りながら大きく呼ぶと。無視されるかと思いきや、恭弥は立ち止まり、僅かに顔を向ける。
動作がぎこちない事に、ディーノは眉を潜めた。暗がりの遠目であまりわからなかったが…

「うっわ、お前……傷だらけじゃねーか!!」

近寄って見た姿が、ぼろぼろになっているのを見て声を上げる。
「大した事はないよ」と答えた声は、憎らしいくらい平時と変わらないが。
袖に大量に沁みこんだ血が、傷の深さを物語っていた。
傷の数よりも問題は出血にあるのだろう。簡易に止血はしたようだが、それでも流れた血は戻らない。

「ったく…、足元ふらついてんだろーが!いーから一緒に来い!」
「群れと一緒に行くのは…」

ごめんだ、と言おうとした所で。恭弥の身体がよろけた。
咄嗟にディーノは手を出して、その身体を抱える。

「ほらみろ!」
「問題無いよ」

支えられながらも、突っぱねようとする相手に、ディーノは、むむ…と口を引き締め。
素早く体制を低くし恭弥の背と太股に腕を回すと、おりゃ!と、そのまま抱え上げた。
負傷していた恭弥はその動きに対応できず、ふわり…と身体が持ち上がる。

「…っ、ちょっと…。降ろしなよ」

肩に捕まるしかできず、髪の毛を掴んで低く唸るも。
ディーノは「駄目だ。このまま病院に連れてく」と言って歩き出してしまった。

(後で絶対。咬 み 殺 す…)

聞く様子のない青年に、恭弥はごごご…と内心で怒りを燃やすが。
「別便で個室にしてやっから」と、言われたのと。
何を言っても無駄そうだったから、その場は好きにさせる事にした。

他の奴らがすでに居なくなっていなかったら
何をどう足掻いても、逃れていただろうけれど。





見た目は派手に散っていたが、輸血する必要まではなく
止血と手当てをして、後は安静にしていろと、恭弥は解放された。

先に言った通り、2階の一番隅の個室を一人占めしている。
とはいえ、他の面々は手当てもそこそこに、各自の家へ戻って行ったので、
この病院に居るのは結局、恭弥とディーノと、数人の部下達だけだった。

いろいろな後処理の指示を電話で伝えてから、ディーノは恭弥の病室をそっと覗いた。
もし寝ていたら、静かに寝かしておこうと思ったのだが。
ディーノがベッドに近づいた時、恭弥は薄く目を開けて顔を向ける。
寝かかっていたところだったらしいが、ディーノの姿を認めると、身体を起こそうとした。

「悪い、起こしたな。起きなくていい、寝てろ…」

そう言って手を肩に留めようとするディーノの手を払い、恭弥は上体を起こしてしまう。
表情にぼんやりとした色はない。すぐに覚醒できるくらい浅かったらしい。

払われて所在をなくしていたディーノの手を、恭弥は取った。
無言で成される所作に、どうするものかと怪訝に見下ろしていたが。
握った手を、恭弥が口元に運んで唇を寄せた時、当る柔らかな感触に目を見開く。

押し当てた唇の隙間から、舌先で擽られて、ぴく…、と指が動いた。
そのまま、ちゅ…と、軽く吸われて。まるで愛撫でもするかのような動きに、ディーノは目を細めて手を引く。
しかし、寸前で逃がすまいと握力を込められる。

それにディーノは苦笑して「お前、怪我してんだから早く休め」と、もう片方の手を上から重ねたが。
しっかり握られた手を外そうとしても、固く握られたそれは解けない。

「治ったらいくらでも相手してやっから」
「嘘つき」

困ったなと思いつつ、そう言ったディーノに。黙っていた恭弥が間髪要れずに呟いた。
短く言われた言葉に眉を寄せ、ディーノは「恭弥?」と怪訝気に呼ぶ。
横に立っていたディーノに目線を上げる視線は、相変わらずキツイもので、意思は読み取れない。
戸惑う様子を見せる彼に、恭弥は短く溜息をついて、視線を降ろす。
それから、握っていた手を離した。

「戦いは終わったよ。…もう、あなたとの関係はなくなるんでしょ?」
「――――」

冷たく言う言葉に、ディーノは息を飲む。
(そうか、…そうだった)
何気なく次に繋がる事を言ったが。戦いが終わった以上、恭弥に関わる理由は今日でなくなるのだ。
ツナ達のように仲良くしている相手なら知らず。
自分と恭弥の間に、そんな、なあなあの緩い関係は見出せない。

その事に、ディーノは予想以上に動揺して愕然とした。

薄々自覚していた恭弥への思いは、今し方、学校で恭弥の姿を見た時に確信に変わった。
ディスプレイ越しの僅かな姿だったが、生きている、と確認ができただけでどれほどの安堵を覚えたか。
それはツナの無事を確認した時よりもはるかに大きくて。
マフィアの事を飛び越えて、恭弥を心配していた証になってしまった。

そして今。関係の終了を目の当たりにして。
もう恭弥に会う事もなくなる。それを突きつけられた事にショックを受けていた。
離れる事なんてわかっていた事だったのに。
恭弥の口から言われるまで、現実味を帯びていなかっただなんて。

どうかしている。

「…そ、だな。リボーンに言われた家庭教師は、リング戦の為のものだし。関わる理由は、もうなくなるな」

ディーノは離された手を、ぎゅ…と握り、それに視線を落として。
なるべく平静を装ってそう言った。
本心がたとえ違う所にあろうとも、自分はそれを欲求する事はできないのだ。
それは、依頼された事をはるかに越えている。過ぎた感情だったから。

僅かに落ちた、声のトーンに。恭弥は長く息を吐いた。
俯いて、長い前髪が瞳を隠し、表情は窺い知れないが。
たとえどんな事を思っていても、恭弥の次に言う事は決まっていた。

「褒美をくれるって言ったよね。何でも」

唐突に話が変わったように思えて、ディーノは落としていた視線を上げる。
割り切ろうとしていた所に切り出され、思考が追いつかず、瞬きをした。

「あ、…あぁ。言った…けど」

言葉を反芻して思い出し、「なんだ、欲しいものでもあったか?」と続けた。
離れる前に報酬を貰って行こうとでも思ったのだろうか。
ディーノは苦笑して恭弥を見ると、思いかけず神妙な視線に捕えられる。

「恭弥?」
「あなたの時間を頂戴」

低くそう告げた恭弥に、ディーノは意味を捉えかねて片眉を上げた。

「時間…?」
「僕の為に時間を割いてよ。徹底的に咬み殺すまで、逃げられちゃ困るんだ」
「―――――」

意外な要求にディーノは驚いて目を見開いた。
これはつまり、事実上の“次”の約束だ。
まるで、自分の想いを見透かされたようで、鼓動が跳ねる。
そんな都合の良い事があって良いのだろうか。

「…決着がつくまで、勝負しに来いって事か?」
「そう。決着がつくまで、逃がさない。それが望みだよ」

半信半疑で、聞き直すディーノに。にやり…と笑みを湛えた恭弥が見上げた。

恭弥の真意は良くわからなかった。
本当に言っている通り、決着のつかなかった事が不満なのか。
それとも――――……

「…わー…ったよ」

ディーノは一瞬、追究をしようかと思ったが。緩く頭を振って、止めた。
どんな思惑の上での事でもいい。恭弥が望んでくれるなら、それが“理由”になる。
会いに来ていいんだという、理由に…

「叶えてやるよ。それ…、勝負の決着が着くまで、な…」

ディーノは了承を伝えながら、自然に笑みが浮かんでしまって。内心で苦笑していた。
思いがけない展開に、嬉しくなってしまったのだ。
現金なものだと、自分でも思う。

「しかし、欲がないな」
「そう?それなら追加要求させてよ」

心が軽くなって、おどけたように肩を竦めた彼に、恭弥は言った。
それにディーノは笑顔で答える。

「お。何だ?もう一つくらい構わないぜ」

ディーノがそう答えるやいなや。
恭弥は彼の胸倉を掴んでぐい…と、引き寄せ、唐突に唇を合わせて舌を潜り込ませてきた。
そのまま深くされるキスに、ディーノは目を白黒させる。

「これもついでに、頂戴」

暫く、絡まる舌を堪能してから、恭弥がかすれた声で囁いた。
甘さの含まれる低い声に、ドキ…と、する。
これは、ただキスを指して言ってるわけじゃない。
一度だけ交わした関係を、要求しているのだ。

(ついでの方が、オレにとっちゃ大きいじゃねーか…)

いくばくか上気した頬で目を細めると、温度の高まった息を吐いた。
どれだけ見つめても、恭弥の表情から心を読み取る事はできない。

「…お前、何でこんな事するんだ?」
「さぁ…?意外に楽しいからじゃない?」

はぐらかした恭弥に、ディーノは眉を寄せる。

「じゃあ聞くけど。…あなたは何故、拒まないの?」
「……さぁな」

しかし、問い返されて、ディーノは逆に苦笑した。
答えられないのなら、自分だってはぐらかすのと同じじゃないか。

そう内心で思っていると、再び恭弥が手を伸ばしてくる。
それを避ける事はなく、頬に触れた手に自分の手を重ねると。
二人は再び、唇を重ねた。



今回の件が終わって、オレたちの繋がりはなくなったが。
新しい理由を、恭弥が作った。勝負の決着が着くまで、という理由。

それじゃあ、何故、こうして触れ合うのか。


その答えは、互いに知らぬふりをして。
蕩けるようなキスに、深く溺れて行った…


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2008.01.14