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窓から差し込む光が眩しくて、目が覚めた。
もぞもぞと動いて、隣にあるはずの体温がないのに気づく。
抱きしめながら寝たはずなのに。重みが欠けた腕に、吐息をついて身体を起こした。
いつ抜け出したのやら…、辺りを見渡すも、恭弥の姿はない。
ディーノは両手を組み合わせて、んー…と、伸びをする。
軋むベッドを降りて、髪の毛を適当に手で梳きながら、部屋から出た。
しかし良く寝た。ここ最近の寝不足を一気に解消した気分だ。
恭弥が出ていくのも気付かないくらい、深く眠っていたらしい。
よほど抱き心地が良かったとみえる。
(大人しく抱き枕になってくれるなんて、もう無いだろうけどな)
一緒に寝ててくれ、なんて馬鹿げた要望に、恭弥は付き合ってくれた。
「勝負するから」という条件につられてかも知れないが。
それでも最初にくらべれば、ずいぶんと距離が近くなった気がする。
そう思っているのはオレだけかも知れないが。
「恭弥、出てったか?」
病院の一階に降りたディーノは、待合室で座っていたロマーリオに聞く。
ロマーリオは飲んでいたコーヒーを置いて「あぁ」と頷いた。
「朝早くにな。気のないあんたと戦っても、つまらないから帰るとさ」
「…ったく。可愛くねぇ…」
勝負しなくて良かったのか…と、思っていた所に返答が続く。
憎まれ口も忘れずに付け足して行った相手に苦笑した。
大人しく腕の中に納まっていた時は、少しは可愛いと思えたんだが。
気のせいだったかなー…と頭を掻く。
でも正直な所、勝負をしている時間なんてないから助かった。
それを指して“気のない”と言ったのかも知れないが。
「それじゃあボス、今日はオレは医者の手配に回るぜ」
「ああ、急がないとな。オレは病院の方をあたる」
ぼんやりと考えている暇はない。
ディーノは一瞬で頭を切り替えると、慌しく行動に移った。
*
結局その日は、一日中最新設備の病院を探すはめになった。
しかし、なかなか思うようにはみつからない。
事情が事情なため、裏のコネがきく病院じゃないといけないからだ。
本国ならいくらでもあるが、ここ日本で、表ざたにならない場所となると難しい。
「ボス、ここも駄目だ。日本マフィアの息がかかってる」
「うーん。裏に通じててかつ、組織と衝突しねーとこって、厳しいな…」
パソコンと睨めっこしながら、独自の情報網と合わせて探っていたが。
日付が変更する頃になっても、目星がつかなかった。
数人の部下達と頭を悩ませていたそんな時、病院へ一本の電話が入った。
『ちゃおっす。明日のヒバリの戦いが決定したぞ』
リボーンからの電話は、まるで遠足にでも行くようなノリだった。
とてもそんな内容じゃないのはわかっていたが、ディーノもまた「そっか」と軽く答える。
「霧戦は勝ったんだな、いよいよ最終戦って事か」
『そうだ、明日で最後になるはずだぞ』
「――何か、気になる事がありそーだな」
リボーンの言い回しが少し引っかかって、ディーノは単刀直入に聞いた。
声に変化は全くないが、そこは長年の付き合いによる直感だ。
それも見越しているのか、誤魔化す事もせずリボーンは肯定する。
『ちょっとな。最終戦だって言うのに、XANXUSの落ち着きようが気になってるんだ』
「何か企んでるかもって知れねぇって事だな。でも今はどうしよーもねぇか」
『明日が終わらないと何とも言えねーからな。本部の状況も気になる。注意しててくれ』
「わかった」
リボーンは最後に「ヒバリに伝えといてくれ」と言って電話を切った。
一度回線を切ってから早速、再度電話をかけようとしたら。
「直接、会ってやったらどーだ」
隣に控えていたロマーリオから進言が入る。どうやら自分の会話で推測したらしい。
「あとは当分、リストアップした病院に探り入れるだけだ。交渉が必要な所は後でボスに回すぜ」
「そーか…、じゃ暫く空けても大丈夫か」
こちらの手配も重要ではあったが。この状況では明日の決戦に付き添う事はできないだろう。
家庭教師として仕上がりも気になるし、一目会ってもおきたかったから、素直に頷いた。
「じゃ、ロマーリオも来てくれ」
「…ん?必要か?」
「あぁ。あいつが仕掛けてこないとも限らないからな」
そう言って身支度を始めるボスに。
(どちらにせよ、一人にするわけにはいかないか)と、ロマーリオは肩を竦める。
「わかった、じゃあ車を回してくるぜ」
そう言って病院の裏へ歩いて行った。
*
携帯で居場所を聞いてから、ディーノは恭弥のもとに到着した。
暗闇で一人待つ恭弥に調子を伺うと、案の定、制止も聞かずに攻撃を仕掛けてくる。
「って、聞きゃしねぇし」
ディーノは苦笑しながら打撃をかわしつつも、変化のない事に安堵する。
戦いを前にしても、特に気負っている様子もない。
恭弥に限って心配は要らないだろうが、やはり直接見ると確信できる。
「……ったく、こっちも本気でいこうか」
ディーノはわざと聞こえるようにそう言うと、鞭を、びし…っと両手で張った。
幾度となく真剣に対峙はしてきたが。
最終的な状態を見極めるためだ、今日は実践のつもりでやる。
ディーノにとってはそれこそが、本気の心構えと言える。
す…っと、笑みを消したディーノは、瞬時に神経を研ぎ澄まし、気を張り詰めた。
空気が変わった事に気づいたのか、恭弥は足を止め、間合いを取る。
相手の表情は見えない。気配を探り合う二人の周りが、静寂に包まれた。
その数秒後、緩やかな風を感じた瞬間に。両者が前へ動いた。
シュルル…ッと、素早く繰り出される鞭を寸前で避けながら、
恭弥は間合いを詰め、トンファーを下から打ち上げる。
吸い込まれるように当たったように見えた打撃は、ディーノの腕によって防がれていた。
腕に当てた鞭の柄で受け止め負担を軽減しつつ、接近した身体を膝で蹴り上げる。
みぞおちに向けられた膝を逆の腕で押さえるが、恭弥はそのまま後方に吹っ飛んだ。
蹴られたのではなく、受け流しただけの恭弥にダメージはない。
着地すると同時に、驚異的な踏み込みで一足飛びに襲い掛かる。
すぐに体制を整えたディーノは、激しく左右から来る打撃を軽やかにかわし、後ずさっていく。
後ろは川原。平地が途切れる所まで追い詰めた恭弥は、渾身の速さで両手で打撃を繰り出した。
ガキィィィ…ッ。両者の動きが止まる。
容赦無く頭に振り下ろされたように見えたトンファーは、ディーノの両手によって受け止められていた。
瞬時に判断して落とした鞭が、足元に転がっている。
「ここまでだ、恭弥」
がっちり捕まれていて、武器を戻そうにも戻せず、恭弥は目の前の相手を睨み上げる。
「何、言ってるの。始まったばかりじゃない」
「ばかやろ。明日の前に長時間やれっかよ」
そう言うと、捕えていた手を離して、一瞬で殺気を消した。
さっさと気を散らしてしまった相手に恭弥は舌打ちをする。
暫くそのまま睨んでいたが、それ以上攻撃する事はなく、腕を下ろした。
やる気のない相手に仕掛けても、面白くないからだ。
「これだけの応戦が出来るなら、心配は要らねぇな」
ディーノは落ちていた鞭を拾い上げ、手首をしならせて手中に納める。
僅かなやりとりだったとは言え、手ごたえはしっかりあった。
これなら大丈夫だと、安心できるくらいには。
「何、そんな事の確認だったわけ?今さらだね」
「……ま、最終確認ってやつだ。」
呆れたように言う恭弥に、笑って肩を竦める。
「明日の相手、ヴァリアーのボス補佐らしーからな」
「…こないだの時に見たけど。あのでかい奴でしょ?あんなの全然興味がないね」
「お前…、あんまり甘くみんなよ?仮にも―――」
「咬み殺したい奴は、その後ろに居たよ」
マフィアの暗殺部隊なんだぜ…と、続けようとした言葉を遮って、恭弥は微笑する。
その瞳は、より強い相手を求めて輝いているようだ。
全く、しょうがねぇ奴だぜ…と、ディーノは内心で苦笑する。
どこまで見据えて、どこまで行くつもりなんだか。
「あんま無茶すんなよ…。オレは明日は、ついててやれねーんだ」
「別に、あなたなんて要らないよ」
きっぱりとそう言い捨てる恭弥に「何だよ」と、ディーノは肩を落とした。
あまりにも即座に返されて、少しでも心配して損した気になる。
「本当につれねーんだからな。家庭教師として最後まで見届けたかったんだぜ」
「……最後のつもりだったんだ?」
しょんぼりと項垂れるディーノに、小さな呟きが聞こえた気がした。
何か言ったか?と聞き返そうと顔を上げると、すぐ近くに恭弥の顔があった。
「きょ…ぅ…」
「―――…あなたが来ない代わりに貰っていくよ」
目を瞬かせていると、恭弥は腕を伸ばして自分の頭を引き寄せる。
(……ロマーリオ、見てんだけどな)
確実に見える範囲に居る自分の部下の事をちらりと思い出すが。
ま…良いか、と。ディーノは近づく唇を避けようとはしなかった。
吐息がかかる距離になって、瞳を閉じると、暖かい感触が押し当てられる。
角度をずらして唇が深く合わさる。
背伸びしている恭弥の腰に腕を回して、ぎゅ…と抱き締めると、
密着した身体に、口付けも深くなっていった。
どのくらいそうして居たのかわからないが。
ザザザ…、と風が強くふいて足元の草を揺らした時、二人はどちらからとも無く離れた。
「…負けるなよ」
吐息のみで囁いた言葉は、きちんと恭弥に届いたらしい。恭弥は見上げた瞳を細めると。
「僕を誰だと思っているの?」…と、薄く笑みを浮かべた。
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