僅かに顔を紅潮させ、快感を耐えるように眉を寄せるその表情に。
ぞくぞくと、身体の中が昂揚するのを感じていた。
控えめに漏れる声。苦しげな吐息。

あぁ…、もっと。
盛大に鳴いてみせてくれない?
そうしたらきっと、楽しいのに。

そう思って。ただ、彼を翻弄させたい、それだけの為に。
組み敷いて鳴かせてやろうとしたのに。

“それ以上は止めとけ”なんて、僕を止めた。
ただ嫌がって制止しただけだなら聞いてやるつもりもなかったけど。
見上げたあなたは、今までに見た事のない顔をしていて。
さっきよりも、もっと。ぞくぞくした。

初めて見せた、痛いほどの殺気。今、この時が、どうして戦いの場じゃないんだろう。
このまま続けたら、もっと…その本気を見せてくれるんだろうか。
でも、あなたに不利な今の状況で、屈服させても面白くないと思った。
今そんな事をしたらきっと、今後も続くこの男との戦いがつまらなくなるだろう。

どうせならもっと長く、楽しみたい。
それくらいには、あなたの言う“修行”とやらは、退屈しなかった。
だから、引いてやった。あなたの言う理由なんてどうでもいい。
戦いの中で、今のあなたの本気を引き出して。グチャグチャに、咬み殺す。
きっとその時は、今まで味わった事のないくらい、充足を感じるに違いない。

だけど、何故だろう。


快感に歪んだあなたの顔が。


脳裏から離れない。





日を重ねるにつれて、互いの負傷は激しくなっていくような気がする。
これで何日めだろう。確か…5日くらいは経っただろうか。
本気でやれと言われても、どこかで加減をしていたディーノだったが、今日は忘れていた。
それほどに拮抗した戦いなのだ。致命傷を与えないようになんて考えていたら、こっちがやられる。
それにたとえ急所に入れてしまっても、今では恭弥は寸前で避ける事ができる。

(もう数日も残ってないが、果たして追い越されずにいられるものか)

恐ろしいほどの成長はまるで底が見えない。
日に日に…、いや、戦っているさなかの数秒でさえ、自分の力にしているようだ。
こと戦闘においては優秀すぎる生徒に、ディーノは舌を巻く思いだった。

「もう終わりなの」

攻撃を止めて、部下にタオルを受け取っているディーノに、恭弥は憮然と声をかける。
その声に不満の色を聞いて、ディーノは苦笑した。
同じだけ戦っている自分も相当疲れているのに、小柄な少年のどこにこれほどの体力があるというのか。
だが、ディーノは恭弥の足元がふらついているのを見逃してはいない。

「あぁ、暗くなっちまったしな。ちゃんと身体を休めるのも、修行のうちだぜ」

昼過ぎからずっと戦っていた二人だったが、さすがに長時間やり過ぎたようだ。
休む時間もないと、気力より先に身体が参ってしまう。

「…つまらない。まだ動けるのに」

そうは言いつつも、くたり…とその場に座る恭弥に、ディーノは笑いを噛み殺した。
もう疲れきっているはずなのに、この負けん気の強さといったら。
だが、これも恭弥の力のうちだ。精神が強ければ極限の場面で、限界を凌駕できる。
恐らく今ディーノが再び構えたら、恭弥は立ち上がる事ができるだろう。

「…じゃあ明日からは、1日中やるか?」
「………?」

戦い足りない、と言う顔の恭弥にディーノは、に…っと笑った。
新しいタオルをロマ―リオから受け取り、座り込んだ恭弥に差し出しながら言葉を続ける。

「少し環境を変えて訓練したいからな、学校を離れたい。ただ、2〜3日は休んでもらう事になるが」
「……………」

返答はすぐには来ない。恭弥は出されたタオルをじ…っと見つめて思案しているようだ。
ツナや他の守護者が学校を休んでいるのに対し、恭弥はこれまで毎日登校していた。
授業には出ていないようだが、風紀委員の仕事のために学校を休む気はないようだ。
しかし、いよいよ戦いの日は近づいている。時間は残り少ない、ここらで集中して仕上げたかった。

しかも昨日の夜、恭弥には言ってないが(つーか、聞きやしねぇ)リング戦などというものが決まったらしい。
舞台が学校だと言うことを考えると、何としても連れ出さないと――

「わかった」

あまりに沈黙が続いたため、次の釣る条件を思案し始めた矢先、恭弥は短く答えた。
聞き返す間も無く、答えの証明なのかディーノからタオルを受け取る。
最初の誘いで応じるとは思ってなかったディーノは、意外そうに目を瞬かせた。

「……で?僕はどうしたらいいの」
「あ、…あぁ。じゃあ明日の朝、迎えに…」
「いいよ、そんな面倒な事。このままあなたに着いていけば、早いでしょ?」
「へ?…いや、それはいーけどよ。お前、用意とか連絡とか…」
「必要ない」

恭弥は短くそう言うと、タオルで顔にこびり付いた血を拭いながら、すたすたと屋上から降りようとする。
ディーノはその背に視線を送ってから、横に控えるロマーリオに顔を向けて、肩を竦めた。

「ま、話が早くて、いーよな」





「ここがお前の部屋だぜ。必要なもんがあったら言ってくれ」

そう言ってディーノが案内したのは、駅前の高級ホテルの1室だった。
エレベーターを降りてから、黒服の部下しか見当たらない。
上階のVIPフロアを、キャバッローネの名で貸し切っているのだ。

そんな高級ホテルで、学生服の恭弥はことさらに浮いていたが。
あいにく、物怖じするような神経も持ってないため、顔色一つ変えずに着いてきていた。
今も案内された部屋にずんずんと入って、ベッド横のソファに腰掛けている。

「とりあえず、その酷い格好を何とかしねぇとなぁ」

戦いの直後のため、白いシャツは赤く汚れ、顔にもまだ血が残っている。
そう言うディーノも、負けず劣らず似たようなものだったが。
VIP専用の直通エレベーターじゃなければ、二人とも警備員に止められた事だろう。

「お前、シャワーでも浴びて来いよ。あとで手当ての奴を呼ぶから」

ベッドの備え付けのガウンを取り上げ(恭弥用に着替えを用意しねぇと)と思いつつ振り替えると、
いつの間にか背後に立っている人影に驚く。

「うぉっ?なんだ、恭弥…欲しいもんでも――」

あるのか?と、続けようとした言葉は、ふいに近づいた恭弥に塞がれた。
瞬きをする間もなく唇が合わさる。そのままかけてくる体重のを支えきれず、後ろのベッドに倒れこんだ。

「〜〜〜っ、ぷは!おいっ…お前、また悪ふざけを…!」
「悪ふざけじゃないよ」

噛み付くようなキスをすぐに押しのけ、自分に跨る恭弥を睨み上げる。
ぺろ、と唇を舐めた恭弥は、目を細めて眼下の青年を見つめた。
数呼吸視線が合わさり、ディーノは黒い瞳の奥に浮かぶ色に気づいて目を見張る。

(こいつ…、まさか…)

動きを止めたディーノの首筋に、恭弥は顔を埋めようとした。
「わー!待て待て待て!!」ディーノは慌てて肩を押さえ制止し、「おりゃ!」と体制をひっくり返す。
ウェイトの差は大きい。通常、恭弥の体格でディーノを押さえ込めるはずがないのだ。

「お前、興奮してんのか?」

逆に押し倒す格好になり、ディーノは恭弥の顎を掴んで上向かせた。
濡れた艶のある瞳が、欲情しているように見えたのだ。
恭弥は答えなかったが、聞くまでもなく膝に当たるモノの状態が、物語っていた。

「戦いの後は、いつも…とか?」
「いつもじゃない。ただ…今日は、ちょっと血を見すぎたかもね」

次の問いにはすんなりと答え、恭弥はディーノの頬に指を伸ばし、残っていた血の跡に触れる。
それを口元に持って行くと、これ見よがしにぺろ…と、舌先で舐めた。
濡れた舌が血のついた指先に絡みつき、唾液がなすりつけられる。

「……血、見て興奮するなんて、な」

(まるで獣だ)と思い呆れた物言いで言うが。出された声が、掠れているのに眉を寄せる。
ヤバいな…と、ディーノは唾を嚥下した。オレとした事が、煽られちまってる。
恭弥の雰囲気からか、もしくは自分も血の匂いにやられたのか。これじゃあ、恭弥の事を言えたもんじゃない。

「そんなもん、一人で処理しろって、言いたいところだが」
「……そんなつまらない事、するわけないでしょ」
「それじゃ、そーゆう時、いつもはどうしてる?」
「さあ…?いつもってほど頻繁じゃないけど。適当に…誰か」

思い返すように、合わさっていた視線を外して宙に向け、恭弥は言う。
「ったく…、ガキのくせに、何言ってんだ」
その答えに呆れたように頭をかくと「しょーがねぇな!」と、ディーノは恭弥のズボンに手をかけた。

「何。相手する気になったんだ?」
「ちげーよ。出させてやるだけだ。放っておくと、オレの部下をたらしこみそうだからな、お前」
「…男が相手だった事はないけど。それでもいいかもね」

にやり、と笑みを浮かべた恭弥に「冗談じゃない!」と一喝すると、ディーノは恭弥のズボンをずり下げる。

「こないだのお返しも兼ねて発散させてやるよ、それで我慢しろ」

見慣れた男のモノに触れるのに躊躇はない。
そりゃあ、自分以外のものを扱くのは生まれて初めてだが、勝手はわかる。

一人前の形になってやがるなー…と、取り出したソレを手の平で包み、上下に扱き始めた。

「頻繁じゃない」と言うのは、まぁ…嘘ではないのだろう。
少し扱いただけで固くなるそれは、愛撫に慣れている反応ではないからだ。
ちら…、と上目で恭弥の顔を窺うと、薄目でこちらを見る視線とぶつかった。

「…気持ち良くないのか?」

あんまり変わらない表情に窺うように聞くと「……悪くは、ないよ」と、擦れた声が返って来た。
声に熱さがある事から、感じている事はわかったのでそのまま続行する。

(しかし…こんな時でも可愛げがないなぁー…)
と、次第に滲み始めた先端の液を混ぜながら滑りを良くさせて動きを早くする。
身体の反応は紛れもなく思春期相応のものなのに。声のひとつも上げやしねぇ。
ま、男だからわからないでもないが。ここで盛大に喘がれても、引くだけだろう。

などと上の空な事を考えながらやっていたら、動きが単調なものになっていたらしい。
恭弥が退屈したかのように、ごそごそと身を縮めて、ディーノの下腹部に手を伸ばした。
ヂ…、というチャックの音で我に返る。

「おい、恭弥……オレは――…」

そこに手を差し入れた意図を察し、ディーノは咎めるように言った。
しかし恭弥は全く聞く様子はない。そのまま下着に手を潜り込ませ、握りこむ。

「一人で、イかされるのなんて…ごめんだよ。どうせ…っ、なら…あなたも…、良くなればいい」

そう言って触れた先端を包んで、ぐりぐりと撫で始める。

「………、っ」

身体が熱くなるのを感じていた。
恭弥の、見上げた濡れた瞳と、快感を味わっているのだろう途切れ途切れの声と。
これまでに煽られた心が、恭弥の手を強く拒めない。

ほんの数秒、恭弥への施しの手を止めて逡巡するが、はぁー…と長く息を吐いて再開する。
それから、少しだけ身体をずり上げて、手が届きやすいようにしてやった。
無言の肯定に、恭弥は口端をつり上げて笑む。

体重をかけないように片手を恭弥の頭の横に肘つき、その上に額を乗せて覆い被さる体制になる。
互いに互いのものを愛撫しながら、暫く部屋には、くちくちと肌を擦る音が静かに響いていた。

耳元に恭弥の息が聞こえる。時々詰まらせる吐息に、そろそろだろうと感じた。

なぜ、そんな事をしてしまったのかわからない。
自分も快感が募って、頭がおかしくなってしまったんだろうか。

お互いにもう、イきそうな間際に。
ディーノは伏せていた顔を浮かすと、目を閉じていた恭弥に顔を近づけて。

口付けた。

さすがに驚いたのか、恭弥は僅かに瞼を上げるが。
拒もうとはせずに唇を開いて、ディーノの舌に応じて絡ませる。

「……ん…、」

くちゅくちゅと唾液を絡ませながら、どちらともなく、鼻腔から息が抜けた。
その瞬間に身体が硬直し、手の平に欲を吐き出していた。


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