「ん…、なんだ…、くすぐって…ぇ」

静寂のなか、思いのほか気持ち良く眠れていたディーノは、違和感を感じて身動ぎする。
微妙な感覚はすぐに覚醒を促すようなものではなく。夢心地の中で身体を捩ると、

「…そのまま、寝てなよ、まだ1時間も経ってない」

と、静かな声で制された。薄目を開けたディーノは、囁かれる言葉に「あぁ…」と返事をする。
眠気の勝るはっきりしない頭で、恭弥の声だよな…と、ぼう…と認識していた。
そっか、寝てて良いって…言ってくれてるんだ。確かにまだ…眠い。……眠い、けど。

「で、も…きょ…や、何し…て…」

その間も、もぞもぞと身体を這う感覚が離れなくて。不可解な感触に素直に眠りに落ちる事ができなかった。
(まだ眠い…、少し静かにしていてくれよ)
そう思って身体の前に手を伸ばそうとして、それが適わない事に気付く。
その瞬間ディーノの思考は、ぱっと晴れた。手が動かない…?

「お…ぃ、恭…や?…おま…っ、お前、何してんだ?」

すっかり目を覚ましたディーノは、ソファの端に座って自分を見下ろしている恭弥に問う。
あの不思議な感覚の正体が知れる。今もまだ、恭弥の指は自分のTシャツの中に手を入れて撫で回していた。
そして手が動かなかった理由も判明した。片方は恐らく、ソファの足に繋がれているようだ。
もう片方も、どこから伸びているかわからないが縛られている。感触から何となく、自分の鞭のような気がしてならない。

「寝顔を見てるのも飽きたから」

焦った様子のディーノに対して、恭弥は淡々と答えた。
そうして、つつつ…と、脇腹を爪先が伝わらせる。くすぐったいような微妙な感触に、ぴく…と身体が竦んだ。
どうしてそんな事を催す気になったのか、到底わからなかったが。
このまま放っておくには悪戯の質が悪すぎる。

「……って、飽きたとかそーいう前に、帰れば良いだろ」
「この応接室は僕のだから。他人を置いていけない」
「あー、わかった。オレも帰るから。…どけ…って、それにこれ、解けよ!」

止めたいのは山々だったが、腕が固定されていては抵抗も出来ず。退きたくとも恭弥に言うしか術がない。
部下がいないからって気が緩み過ぎたか。やすやすと拘束を許すなんて、どうかしている。
ずーん…と、ディーノが気落ちしている間に、恭弥はその足にのし…、と座り直した。
軽くはあったが、一人分の体重が付加されては、ますます身動きが取れなくなってしまう。

言う事を聞く気もない恭弥を睨むと、「帰らなくていいよ。退屈じゃなくなったから」と、僅かに笑ったように見えた。
ペロ…と、口端を嘗める仕種に、ディーノの頬が引き攣る。
何でか知らないが、やけに楽しそうだ。こんな顔の恭弥は、戦っている時以外に見た事はない。

「…お前、何を考えてんだ…?悪ふざけは…、わー!!ちょ!待て!」

理解できなくて訝しげに言うディーノは、カチャカチャとベルトを外す音に更に慌てた。
この状況で何をするかわからないわけが無い。じたじたと身体を揺らすが、その程度で抑えられる相手ではなく。
元からゆったりとはいていたズボンは、あっさりと太股まで下げられる。

「ワォ。さすがに立派だね」
「あ、あのなぁ…!!嫌がらせにしても、もうちょっと他の手段を考えろって…!」

晒された自分のモノをしげしげと眺める少年に、ディーノは羞恥よりも呆れが浮かんでしまう。
男同士だ、見られる事が恥ずかしいとは思わないが。
完全に不利な体制と、これからするであろう恭弥の行動を予測して、がっくりとする。

「嫌がらせ…ね。それも間違っていないけど」

玩具を見つけた子供のような目だなぁ…、と見下ろす恭弥の瞳を見て思った。
しかしそんな悠長に構えられたのは僅かな時間。
一呼吸後、恭弥の指に自身を捕らえられ、ディーノは眉を寄せた。

「…ぅ」

予想した通りに、恭弥は両手でソレを包み込むと、上下に扱き出した。
直接的な感触に何も感じないわけはない。急所とも言えるその場所を刺激されて、表情が曇る。

「きょ…、や…、止めろって!…オレは、疲れてんだー!お前の悪ふざけに、付き合って…っいっつ゛」

容赦無く擦り始める手に身体を揺らして抗議すると、それを封じるように片方の手が先端を強く握り締めた。
さすがにそこは男の急所。押さえられて弱くないはずがない。抗議の言葉も半ばに、ディーノは息を詰まらせる。

「…大人しくしてなよ。そうしたら、良く眠れるようになる」
「……っく…、お前…何、言って…」
「ついでに僕の退屈もしのげる」

痛みに顔を歪ませたディーノを見下ろし、恭弥は目を細めた。
相変わらず楽しげな瞳の中に、冷ややかな光を見た気がして、ごく…と唾を飲み込む。
この状況で、恭弥の意思なしに逃れられる事はできないだろう。
その上でこのまま抗い続けたら―――

(……何をしでかすか、わかんねーな…)
そう思うと、ディーノは腹を括る決心をする。
どうせ、嫌がらせを兼ねた興味本位でやってるだけだ。この程度の事で羞恥を感じる事もない。
適当に合わせてやって、少し醜態を見せれば、満足するだろう。

見上げたディーノの瞳が伏せられ、ふう…と息をついて力が抜けた。
抵抗を止めた相手に、恭弥は首を傾げるが、すぐに先の行動を再開した。
握り締めていた手は緩め、今度はやわやわと性感を呼び起こすような動きに変化する。

誰の手によるものかを考えさえしなければ、快感は覚えのあるものだ。
徐々に昂ぶっていくのは仕方がない。それを表すように扱かれるモノが固く熱を持ち始めた。

「……は…、」

ディーノは昂揚していく身体に息を吐く。
ただ手で擦られているだけだ。経験のあるディーノには特別な感覚ではないはずだが。
手を拘束され、施しているのが恭弥だと言う特異な状況に、常よりも快感が増しているようだ。

快感に眉を寄せる表情に気を良くしたのか、恭弥は僅かに口端を上げると、先から滲みはじめた液を掬い、全体にすりつける。
手の平で激しく擦られ、くちくちと、液音が響いて。耳を刺激する音にディーノは、ぎゅ…と、目を閉じた。
やばい…、このままだと、もう……。

「……ぅ、…手、離せ、恭弥…」
「何故?気持ちいいんでしょ?」
「――…、汚れるだろ…、ティッシュとか…ないのか」

かすれる声を抑えながら、ぼそぼそと呟くディーノに、恭弥は「あぁ…」と頷くと、身体を屈める。
ソレに顔を近づける意図を察して、ディーノはぎょ…っとして、急に騒ぎ出した。

「……っ、ま、待て恭弥!…っそれ、は、さすがに…!」

目を見開き慌てて腰を引く相手に、にやり…と、はっきりわかる笑みを浮かべる。

「きょーやっ!!」
「うん、いい顔だね」

新たな楽しみを見つけた子供は、躊躇もなくソレを口に含ませた。
ぬる…と、した濡れた感触に包まれて、思わずディーノは腰を浮かせる。

「……っぅ、ぁ…っ」

手よりも柔らかい感覚が気持ち良くないはずがない。
急激に襲う射精感を必死に歯を食いしばって止めるが、恭弥は構わず、じゅ…、と強く吸った。
もともとイきそうな所に、その刺激を受けてはたまらない。
ディーノは耐え切れずに、びく…っと膝を強張らせ、口内へ達した。

「っく、ァ…っ」

短くうめいて、頭を仰け反らせる。
恭弥は舌に乗る初めて味わう苦味に顔をしかめ、手の平に、ぺ…と吐いた。

「まず…」
「……っ、のやろ…、なんて事しやがる…」

荒く息を吐いて呼吸を落ち着かせながら、ディーノはぎろ…、と恭弥を睨んだ。

「…全く、お前…なに考えてんだ、ホントに…」
「別に。やりたいと思っただけだよ。これで終わりじゃないしね」
「は?…って、おい、まさか…嘘だろ…」

恭弥は吐き出した手の平のものを再びディーノの下腹部に持っていき、今度は後ろの方へ手を伸ばした。
これで終りじゃない…と、言った通りに恭弥は先に進むべく、後ろの入口に触れる。

「―――…、お前、オトコと経験があったりするのか?」
「あるわけないでしょ。でも何処かで、ここを使うって」

ディーノにしても男相手の経験はなかったが、恭弥と同じく知識はある。
確かに間違っちゃいない。だが、しかし……。

「…興味本位なら、止めとけよ、恭弥。それ以上やる気なら、オレは手首が千切れてでもお前を止めるぜ」
「……………」

これまでとは違う声色に、恭弥はぴた…、と手を止めた。
顔を上げると、じ…っとこちらを見つめる、鳶色の瞳と視線が絡まった。
その表情は激昂しているわけでも、慌てているわけでもなく。静かな表情ではあったが。
恭弥は初めて、今まで決して発する事のなかったディーノの殺気を感じていた。

「さすがのあなたでも、男にやられるのは嫌だってこと?」
「…違う、そんな事はどーでも良いんだ。ただ、…お前がやろうとしてるのはsexだぜ?
遊び半分でやるようなもんじゃねーんだよ」
「案外…身持ちが固いんだね。あなた、愛人の一人や二人、いないの?」
「女がいなかったわけじゃねぇけど、遊びはいない。スキンシップは、愛情表現なんだぜ、恭弥」
「…なにそれ。甘すぎてへどがでる。こんなものただの性欲処理に過ぎないじゃない」
「その年だからそーゆう事言うんだろうなぁ…」

きっぱりと言ってのけた少年に、視線が、ふ…っと緩む。

「でも、だからこそ…だな。そんな事を言ってるお前とは、死んでもやらねーよ」
「……………」

再びの沈黙。恭弥は感情の読み取れない表情で、目を逸らさない。
数秒の静寂が流れ、ふいに、恭弥の溜息でそれが壊される。

「このまま聞かずに犯してしまえば、あなたはさっきの、殺意…を出せるのかな」
「残念だがそれは叶わねぇな。紐をぶち切ってでも止めるっつただろ。でもそうすると、
負傷は免れないだろうな。もう、全力ではお前と戦えねえかもなぁ…」

これ見よがしに繋がれた手首をひらひらとさせて、嘯くディーノに、恭弥は舌打ちをする。
何よりも戦いを優先する恭弥だからこそ、これは無視できないはずだ。
少なくとも、ディーノとの戦いは恭弥にとってどうでも良い事ではないらしい。
しぶしぶだろうが、片方の手の紐を緩めて、自分は窓際の机の方へ歩いて行った。

諦めてくれた少年に、ディーノは、ほ…っと、息をつく。
遊びで寝たくないとは、良く言ったものだ…と、もう片方の手を解きながら苦笑した。
確かに気持ちの上では嘘じゃないが、実のところ通りすがりのsexなんぞいくらでもしてきた。

だが、恭弥とはそんな関係にしたくなかったのだ。だから適当な理由をつけて誤魔化した。
「お前とはしたくない」と、言うより簡単に理解できる理由を。

(たぶん、オレは…こいつの事を気に入ってるんだろーな)

乱れた衣服を手早く直しながら、ディーノは思う。
傍若無人で、全く言う事を聞かない、かわいげのない生徒だけど。
何者をも恐れない意志に、真っ直ぐに見据える強い視線。ある意味、純粋とも言える戦闘意欲。
自分の思いを隠すこともなく生きている、雲雀恭弥という少年は。
マフィアの中で裏の探りあいを見てきたディーノにとって、わかりやすい裏のなさに、好感を覚えるのだ。

(それに何たって、オレの生徒なんだしな)

本人は恐らく、塵ほども家庭教師などとは思っていないだろうが。
それでも始めての教え子だ。そう思うと、不思議と憎めないから始末に悪い。
ディーノは苦笑して、うーんとソファに身体を伸ばした。

「はー…、ったく…お前のおかげで倍疲れたぜ…寝たりねぇ」

仮眠の途中で起こされた事もあり、どっと疲れが身体に圧し掛かって。
ふわわわぁー…と、盛大に欠伸をする。

「……寝ればいい」
「ほへ?」

ぼやくディーノに、どうやら手を拭いていたらしい恭弥が振り返ってぼそりと呟いた。

「この僕が、ここで寝るのを許可するんだ。心ゆくまで寝なよ」

そう言ってディーノを見据えた恭弥の瞳が怪しく光る。

「……っ!!きょ、…や、待て!!!」

足早に近づいた勢いのまま拳を頭に振り落とされ、油断していたディーノは全く防御できずに、直撃を受けた。

きゅう…、とそのまま落ちてしまったのは言うまでもない。
ディーノの意識は、そこで途切れた。





「そろそろ起きたら」
「…Per favore…、voglia dormire、un po’ piu…」
「何言ってるかわかんないよ」

ぼやぼやと異国の言葉を話す青年に、ム…っとして、恭弥は寝ぼけた顔の鼻を強くつまんだ。
容赦ない痛みに、ディーノは「いてて…」と眉を寄せる。さすがに覚醒して、ぱちぱちと瞬きをした。

「…ってぇ…、何だよ…って、…は!?朝ー!?」

鼻を撫でながら辺りを見渡せば。いつの間にか明けている夜に飛び起きた。
焦ったような叫びに、煩そうに恭弥はため息をついた。

「見てわからない?」
「起きるつもりだったのに!何でだ…」
「良く寝てたよ」
「あああぁ…、夜に片付けなきゃいけねー件があったってのにっ」

しまったぁー…と、頭を抱えるディーノに比例して、恭弥は落ち着きはらっている。
暫く、苦悩しているのを眺めてから、静かに口を開いた。

「あなたの部下が何とかしたみたいだよ」
「は?」
「夜中、携帯が鳴ったから煩くて出たんだけど。こっちは任せて寝かしておいてくれ、だって」

恭弥はちらり…と、ソファの間にある机に目をやる。
そこにはいつのまにか出された、ディーノの携帯が置いてあった。
ディーノは携帯を手にとり、開いて確認をすると、ロマーリオからの着信履歴が確かに残っていた。

「…あいつ」

ディーノは腹心の部下の顔を思い浮かべ、ほ…っと、息をつく。
彼ならきっと上手くやってくれただろう。いつもオレのフォローをしてくれる、頼りになる奴だ。

「暫く寝てないみたいだからって、言ってたけど?」

緊張を緩めるディーノを横目で見ながら、恭弥は昨夜聞いたらしい話を持ち出した。
ロマーリオが言ったのだろう。ディーノは「あぁ…」と、苦笑する。

「昼はお前と一緒だから、夜しかうちの事ができねーからな」
「そんな状態で戦ってもつまらないし。眠らせてあげたんだから感謝しなよ」
「眠らせてって…」
「…なんだ、覚えてないの?昨日の」

意味深に言って目線を上げる恭弥に、ディーノはすぐに何の事か思い出す。

「昨日…、あー…」

いろいろ思い出したくない事までよみがえってきて、がくり…と項垂れる。

「……まぁ、その件については問いたい事はあるが、どーせお前、言いやしねえんだろうな」
「僕は話す事は何もないよ」

にべもなく言い捨てる恭弥に、「だろーな」とディーノは肩を竦めて、立ち上がった。
それ以上その話題を続ける気はないらしい、応接室の扉へ向かって行く。

「今日はどうするの?」

扉に手をかけた直前、かかるとは思わなかった恭弥の声が背に聞こえた。

「いつも通りだぜ。また授業が終わった頃に屋上でな」

主語はなかったが、何の事かはすぐにわかる。
肩越しにそう言って手を上げると、ディーノは部屋を出て行った。

(いつも通り…か)

ディーノは自分の言葉に苦笑する。短い今のやりとりに、普段と変わる事は何もなかった。
相変わらず恭弥は無愛想で、何を考えているのかわからない。
あんな事があったって言うのに、互いの距離は何ら変わっていないようだ。

(オレは、ほっとしているのか、それとも――…)

ディーノは心の奥に残る何かを、ぶんぶん、と頭を振って振り払う。
こんな余計な事に気を回している暇はない。修行の日は残り少ないんだから。
深く考えても、恭弥の考えがわからない以上、答えはでない。今は、目の前の戦いに集中しよう。

ディーノはそう結論付け、一つ頷いて。部下の待つホテルへ足早に戻って行った。

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意外に長くなってしまった初小説です。ライトに行くつもりだったのになぜかシリアスに。
当初の予定では、ヤっちゃってて、しかも、まーいっかー的なノリだったんですが。
二人の関係の変化を書いて行きたいなーと思って、ディーノ視点中心にしたら、
何かこんな流れになってしまったです。勝手に動きやがるぜ、こいつら(笑)
今まで創作した中でも、郡を抜く動かし難さ。くっついてくれる要素がどうにもみつかりません(笑)

あ、文中のイタリア語は適当です;;私に知識がないので、正しいかどうかわかりません。
頼むよ、もうちょっと寝かせてくれよー的な意味だと思ってください(笑)以下、蛇足的なおまけ…

・おまけ。その後のディーノとロマーリオ

「恭弥が出た時には驚いたぜ」
「すまん、熟睡してたらしい。覚えてねーんだ」
「ああ。そっちに驚いたんだ」
「ん?」
「たとえ寝てても、携帯に気づかない事はないだろ?常に気にしてるからな、ボスは。
恭弥の所でそれだけ熟睡できた事に驚いた」
「あー…、疲れてたん、かな」
(ホントの原因は情けなくて言えねーぜ)
「ここんとこ寝てなかったみたいだしな、だから恭弥に頼んどいたんだ」
「良く聞いたな…あいつ。そう言えば朝まで居たな」
「案外、懐かれてんのかも知れねーな」
「さーて…、どうかな」

 

・おまけ(笑)恭弥とロマーリオの電話

「なに?」
「…ん?その声、恭弥か?ボスはどうした?」
「……良く眠ってるよ」
「―――ほーぅ…、そりゃまた」
(ボスが携帯に気づかねえなんて…)
「?なに?」
「何でもねえ。ボスに用があったんだが…」
「起こそうか」
「……いや、そのままにしといてくれ。ここんとこ寝てなかったみてぇだしな」
「ふぅん…」
「悪いが、起きるまでついててやってくれねえか」
「何で僕が」
「今まで居たんだろ?ついでじゃねぇか、頼むぜ」
「…どのみち、この応接室に置いていけないからね。でも、高くつくよ」
「はは、礼は考えとく。今夜の件はこっちで何とかするって、ボスに伝えてくれ」
「わかった」
「じゃ、よろしくな」