◆ありがち?な時事ネタ。お月見編。



時刻は夜の22時頃。そんな時間に学校に残っている生徒もおらず廊下は閑散としていた。
そんな暗闇の中を慎重に歩く影が、更に暗い屋上への階段を上ってドアを開けた。

その瞬間に目の前に飛び込んでくる光景に、暫し目的を忘れて立ち尽くす。

真っ暗な夜空に浮かんだ月。
眩しいほどの月の光に双眸を細めて息を吐いたその時、完全に消えていた気配が動いて。
ディーノはその方向へ、ば…っと顔を向けた。

探していた彼はドアを開ける前から気付いて気配を消していたのだろうが。
現れた自分に警戒を解いてくれたのだろう。歩み寄る事はないもののこちらに顔を向けている。

恭弥は、屋上の柵に持たれるようにして座っていた。
ちらりとディーノと視線が合ったように思えば、すぐに外して天を仰ぐ。
月を見ているんだと言う事はわかりつつも、未だ疑問を持ちつつ、ディーノは恭弥に近づく。

「こんな夜に学校の屋上なんて…、学校好きにも程がねーか?」
「…今日は特別だからね」

声が聞こえる距離まで近づいて、揶揄るように言いディーノは肩を竦めた。
それへの返答は相変わらずの無愛想なもの。明確な答えを言わない相手に、更に嘆息を付け加える。
自分を見ずにじっと上を見ている恭弥の横に、静かに座った。

どうやら追い返されはしないようだ。何となく機嫌が良いように感じるのは気のせいだろうか。
その起因が「特別」に関係するなら、是非聞きたいものだ。

「特別って?…月が綺麗だから…って?」
「あなたには馴染みがないか…。日本は今日…月見をする日なんだ」
「月を見る日?…なんてのがあるのか?」
「そう。中秋の名月、と…言ってね。月が綺麗に見える日だから」

やっぱり機嫌が良いな…。
隣に座るディーノは眼前の月よりも、盗み見ている横顔が僅かに微笑んでいるのに見惚れていた。
言葉も心なしか多い。ちゃんとわかるように説明してくれるなんて、相当気分が良いのだろう。
そもそも唐突に現れた自分に皮肉の一つもないんだから。

些細な事が嬉しくなる自分に苦笑を禁じえないが、素っ気無くされるよりはずっと良いから。
その事はそっと胸のうちにしまって、恭弥と同じように天を仰いだ。

頭をさくに当てて、ぼう…っと見ては居たものの。ディーノはぽつりと言う。

「日本では…、あれを綺麗なものだって認識するんだな」
「…あなたにはそう見えない?柔らかな仄かな光…、大抵の日本人は風流だと言う」
「んー…、オレは…少し怖い」

意外な感想には瞼を少し上げ、恭弥はディーノの方に顔を向ける。
ディーノはじっと見ていた月から視線を降ろし、双眸を細めていた。
視線に気付くと顔を向け、気まずそうに微笑む。

「ヨーロッパの方だけかな?満月は…、狂気を呼ぶと言われている」
「あぁ…、ルナティック…と言った言葉の事かな」
「そうだな、起源は同じだと思う。…満月の夜は血が騒いで、人を狂わす。確かに綺麗だけど、吸い込まれそうで…少し、怖い」

わからなくもない…、と心中でのみ言い恭弥は、降り注ぐ月光の元を再び仰ぎ見る。
暗闇の中にぽっかりと浮かぶ神々しい光に、見惚れて吸い込まれそうになる。
それから視線を下げてしまったディーノを横目で見ると「安心しなよ」と呟いた。

「今日は満月じゃない、正確には明日だから」
「…ん?そうなのか?」
「日本の暦の問題でね、月見の日が満月とは限らないんだ」
「へぇ…、良くわかんねーけど。何か、変わってるな…」

そうは言いつつも、それだけの事に安心したのか。ディーノは逸らしていた視線を再び天に向ける。
単純な切替に呆れた様子で溜息をついてディーノを見れば。恭弥は月明かりに照らされて光る彼の髪に目が止まった。
金色の柔らかな光。天に浮かぶそれと見比べると…、あぁ…似ているかも知れない。

性格も相まって太陽のような、と装飾される事が多いようだが。

恭弥はこちらの方が好きだな…と思っていた。
暗い夜空に浮かぶ金色の柔らかな光。

自分という暗闇を優しく照らしてくれる月光。

「…怖いな」

じっと見ていた方向に思わず漏れてしまった言葉に。
ディーノは見られている事に気付き、訝しげに「恭弥?」と首を傾げた。

「あなたの言う、怖い…という気持ちが少しわかった気がする」
「へ…?…そー…か?」

不思議そうに目を瞬かせるディーノに吸い込まれるように近づいて、軽く唇を重ねた。
唐突な行動ではあったが、そんな事に慣れもしていて。ディーノは避けずにそれを受け止める。
啄ばむだけのキスが離れて、恭弥はディーノの両頬を両手で包み込んだ。

光に輝く金色の髪に目を奪われる。
あなたと言う月に魅入り、囚われてしまう感覚。
自分を保てなくなると言うのも、狂気だと言うのだろうか。

「きょー…や…、…っ…ん」

カシャ…と、ディーノの後ろの柵を握って、唇を押し付けていた。
軽く離れた先ほどとは違い、斜めに深く重なる口付けに、ディーノの瞳は強く閉じられる。

それをじっと見ながら、甘い痺れと陶酔が身体を満たしていくのを感じる。
こんな欲求が、狂気でなくて何だと言うのか。

「月を見て…、血が騒いだかな…」
「ん、…だって。今日のは満月じゃないんだろ…?」
「僕にとっては、いつでも満月なのかも知れない」

恭弥の言葉に怪訝そうに眉を寄せるディーノに、恭弥は柔らかく微笑んだ。

僕を照らす、あなたと言う月の光。


この月にならば、狂わされてもいい…





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2008.09.14

短いですね今回(笑)すみませんー9月のイベントっつったらこれしか思いかば無かった。
もうちょっと、狂気に駆られた恭弥さんの暴挙でも書くべきでしたかね。

やー、もう。エロフラグ満載ではあったんですが(笑)しっとり終わりたかったので。

10月は十三夜ネタになります、たぶん。そん時はちっと砕けた感じにしようかな(笑)
ハロウィンは去年やったんで…(笑)