◆ありがちな時事ネタ。ホワイトデー編。


『よう!恭弥、お前から電話なんて珍しいな、なんか用か?』
「……用がなければかけない。あなたみたいに無駄な電話はしないからね」
『無駄なんて一度もないぜ?お前との会話はオレには全部必要な事だからな』

携帯の先の明るい声は、切り捨てる恭弥の言葉にもめげた様子はないようだ。
笑い混じりの歯の浮く返答に、恭弥は眉を顰める。
学校を見渡せる屋上にいた彼は、オレンジ色に染まりつつある夕日を見つめて溜息をついた。

「いいから、話を聞きなよ」
『何だよーせっかちだな。ま、良いけど。…んで、何の用だ?』
「来週の金曜日空いてる?」
『ん?来週?…ってーと…』

小さくカタン…と、いう音と紙をめくる音がかすかに聞こえる。
手帳でも出して確認しているのだろう、返答に少し間を置いて。

『14日…だな。何かあるのか?』
「用があるんだ。来て欲しいんだけど」
『…って言ってもなぁ。どうだろうな、急にはさすがに…』

困ったように逡巡するのは予想の範疇だった。
多忙な彼の事、来週すぐの約束が通るとは思っていない。
しかし恭弥は表情も声色も変える事もなく淡々と続ける。

「来なかったら、向こう半年、会わないからね」
『は!?…そんなお前、一方的な…っ』
「わかった?必ずおいで。じゃあね」
『ちょ、待て!恭…!!!』

ピッ。ツーツーツー。

慌てる声にも構わず、容赦なく恭弥は電話を切った。
すぐさま、着信を告げる聞きなれた校歌が聞こえてくるが。
画面の“DINO”の文字を確認してから、ピ、ピ、ピ。とボタンを何回か押して着信が途切れる。
その後何度か操作をしてから“DINO”を着信拒否に設定してしまった。
(来週が楽しみだな…)と、喉奥で低く笑うと。
沈んでゆく太陽の赤い光を背に、応接室へ戻って行った。





「……んだよ、あいつはぁ!!」

切られた後、何度かけ直しても繋がらない携帯を睨みつけ、ディーノは遠い空の下にいる相手に向かって叫んだ。
しかし当然、聞こえるわけもなく。部屋の中はしいん…として返答はない。

朝っぱらから電話してきたかと思ったら、一方的に無理を言って切りやがった。
しかもその後は繋がらない。元弟子兼恋人(たぶん)の顔を思い出して歯噛みする。
(来週だと…!?んな急に予定が空くわけないだろー!)
そう心中で叫びつつも、ディーノはこめかみに指を当てて、来週の予定を頭に駆け巡らせるが…

「………駄目だな、こりゃ」

はー…、と長く息を吐いて前髪を掻きあげた。
先月、何だかんだで日本に行っていたおかげで、今月は死ぬほど忙しい。
睡眠時間さえ削ってるこの状況で行けるわけがない。
少なくとも行って帰るだけで2日はかかってしまうのだから。
究極に遠距離恋愛だな…。今さらの事実に、がくり…とディーノは机に突っ伏した。

しかし14…、3月14日って。何だ…?
先月はバレンタインだろ?そのせいで今、仕事に追われてんだけど。一か月後に何かあんのか?日本って…
机に伏せったまま、ぶつぶつと呟いていると、ノックと共に部屋の扉が開いた。

「ボス、起きてんなら早く来てくれ。今日も会談から始まって山ほど仕事があんだぜ」
「………あー…、わかってるって」

考える間もなく、迎えに来たロマーリオに疲れた溜息をつくと。
がりがり…と頭を掻いて立ち上がった。仕方がない後で調べよう、と頭を切り替える。
まさか14日まで連絡取らないつもりじゃねーだろうなぁ…
携帯をたたむ時に僅かに苦笑して、部屋を出て行った。





疲れ果てて部屋に戻ったディーノは、ジャケットだけを脱ぐとふらふらとベッドに倒れこんだ。
時刻は11時頃だろうか。今日は何とか日付を超える前に戻れたが、連日の激務のため疲労も著しい。
(あー疲れた)思い浮かぶのはそんな言葉しかない。
ぐたー…、と横になっていると、暫く聞かなかった音がどこからか聞こえてきた。
あれ、この音…。久しぶりだ…。
なんてぼんやりとベッド脇に落としていたジャケットを手繰り、内ポケットから携帯を出す。

「よー、恭弥久し振りー…」

間延びした声で応答すると、向こう側から小さく溜息が聞こえた。

『その様子だとこっちに来る事はできなかったみたいだね』
「……へ?」
『14日。あと1時間ほどで終わるけど』

寝ぼけたような返答を続けていたディーノに対して、恭弥は淡々と答えた。
その内容を考えながら、すー…っと、ディーノの頭が覚めて行く。
そう言えば、一週間前。言われた事――――!
ベッドにうつ伏せていた身体を、がば…!っと起こして、口元を引き攣らせる。

「きょ、…今日…ってまさか、14日…!?」
『―――何、日付も忘れるくらい忙しかったの』
「あぁ…先月、そっちに行った分の仕事が…って…』
言い訳がましくなりそうな言葉に、ディーノは頭を振って口を噤んだ。
いくら忙しくたって、一応は聞いた約束を忘れちまうなんて。了承してないとは言えとんだ失態だ。
それに14日の意味を考えると…

「…ごめん…ほんと。…オレ、何とか行きたいって思ってたのに」
『謝るって事は、今日が何の日かわかったんだ』
「あぁ、ホワイトデーだろ?調べた」
『知ってたならなおさら罪は重いね。僕のを受け取ったくせに、返す気はないんだ』
「……っ、意地の悪い言い方すんなよ。んなわけねーだろ?凄く嬉しかったさ、だから…」

だから…、と繰り返し呟いて、ディーノは声のトーンを落とした。
イベントそのものというより、恭弥がその日に来て欲しいって言った事が重要だった。
日本では貰った気持ちに返事をする日だって、そんな説明があったから。だから、行きたかったのに。
ディーノは一度は上げた頭を垂れてベッドに突っ伏すと、目を閉じた。

「…行きたかったけど。…ごめん、オレもお前に会いたかった」

とぼそぼそと言う声に覇気がない。先の電話で恭弥が言っていた事まで思い出したからだ。
半年会わないって本気かな。恭弥ならやりそうだけど、そんだけ長い間はさすがにキツいなぁ…とすっかりしょげていた時。

『………許してあげようか』

と、小さく笑って言う恭弥の声。

「え、ホントか?」

途端に明るくなるディーノの声に、電話口の向こうで呆れたような溜息が聞こえた。

『現金だな。声に出てるよ』
「だってなぁ…、半年会わないとか、…言うし」
『別に僕はいいんだけどね。あなたが腑抜けになったら、あなたの部下に泣きつかれそうだ』

あり得ない話ではないだけに、ディーノはぐ…っと言葉を詰まらせた。

『それに、ちゃんとお返しは貰うから』
「……貰うって何を?」

そう訝しげに携帯に問いかけた時。
ガチャ…と、部屋の扉を開ける音がした。

「ここに来るまでの旅費と帰宅分。あと明日一日の滞在費。よろしくね」
「きょ…っ、きょー…や!?何で、お前…っ」

ドアの方を、ば…っと振り返った先に。さっきまで電話で聞いてた声が直に聞こえて。
あんぐりと間抜けな顔で口を開いていると、恭弥は、にや…と人の悪そうな顔で笑う。

「『びっくりした?』」
「お…っどろくに、決まってるだろ…って、携帯やめろ」

携帯と直でステレオに聞こえる声に顔を顰めて、パタン…と携帯を閉じた。
恭弥も倣って折りたたむと、ポケットにしまう。

「…どうしたんだ、ホントに」
「あなたが来れそうにないから、仕方ないから来てあげたんだよ。費用はもちろん貰うけど。チョコのお返しとしてね」
「たっけぇお返しだな、それ…」

くくく…と、笑いながらディーノはベッドから降りて、近づいてくる恭弥を抱き締めた。
抱き込んだ華奢な身体は、嫌そうに顔を顰めてはいたが退けようとはしていなかった。

「すっげー、嬉しい。思わぬ所で恭弥に会えて」
「………僕も、貰ったからね」
「恭弥?」

ぼそ…と、囁く言葉に、ディーノは瞬きをして顔を離す。
きょとんとしている顔に、小さく笑うと。

「あなたから花束貰ったから、それのお返し」

来てくれた事への回答になるそれに、ディーノの表情が一段と明るくなる。
再度身体をくっつけて、ぎゅう…!っと抱き締め、嬉しそうに擦り寄った。

「日本のホワイトデーって、良い日だな」
「…さぁ?良い日かどうかは、まだわからないけど」
「……へ?」

含みを持って言う恭弥に、ディーノは首を傾げる。
その隙に、トン…と強く押されて。視界がぐるり…と回った。
後ろにはさっきまで寝転んでいたベッドがあって。ドサりとディーノの身体が沈む。

「忙しいようだけど、明日は起きれないかもね」
「え、それは困る。…って、恭弥…、待て…ってっ」

のし、と圧し掛かってきた身体に意図を察して、ディーノは慌てて押し返そうとするが。
耳元で「大人しくして」と息を吹きかけられると、抵抗が揺らいでしまった。

「僕が言った約束を忘れてた負い目は消えないんだから」
「う゛……」
「その分は身体で返してもらうよ」

気まずそうに歪んだ表情にほくそ笑んで、恭弥はその首筋に唇を寄せた。
これはもう覚悟するしかないかと。ディーノは諦めて力を抜く。
それに―――……

(跳ね除ける事なんてできないだろ)

遠路を飛び越えて来てくれた事が、こんなにも嬉しいんだから。





次の日。宣言通りに起きれないくらいに、散々されてしまい。少しだけディーノは後悔していた。
ぎしぎしと軋む身体を何とか起こそうとするが、身体の奥が重くてどうにも動けない。

「うー……」
「諦めたら?」

寝ているかと思った隣の恭弥が、呆れたように言ってくる。

「そうもいくか…、仕事が…」
「今日は休みだから、大丈夫だよ」

そう言う恭弥の声がいやにきっぱりと確信に満ちたものだったから。
きょとん…と、目を見開いて隣を見た。

「何でお前がそんな事言えるんだ」
「あの髭の人に聞いたらわかるけど。実は裏で交渉をしていてね」

恭弥は低く楽しげに、喉奥で笑った。

「日本での14日の事を教えて。僕が行けばあなたの拘束時間は短くて済むんだから、1日くらい何とかしてって」
「……はぁ?あいつそんな事、ひとっことも…」
「今日を空けるために、ここ一週間激務だったんだろうね。万が一、こっちに行かないように…って牽制も含めて」
「――――ってお前。はなっからオレがそっちに行けないって、知ってたんじゃねーか!」

約束反故とか負い目とか嫌味っぽく言いやがったくせに…!!
その所為で容赦なく抱かれて、きっつい身体をどうしてくれると睨んでも。
恭弥はどこ吹く風で、しれ…と返す。

「…それでも、忘れた事は事実でしょ」
「そ、それは…」
「もう覚えたね?」
「あー…もう。ぜってぇ忘れねーよ」

来年もきっと無茶苦茶なこいつに合わせる事になるんだろうなぁ…と。
思う未来に、がくり…とシーツに突っ伏しつつも。
まんざらでもない自分に、(どうしようもないな)と思うディーノであった。

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2008.03.14


やたらと携帯の出番が多いなぁ…と書いてて思う次第。文中の通り遠恋だから仕方ないですが(笑)
電話での会話書くの好きみたいです。そう言えば、携帯使えるジャンルって初だ(笑)
しかしこのパターン、多いよなぁ…うちの2人(がくり)どれかとネタ被りしていそうだ。
でも前に書いた文をほぼ忘れるという都合の良いミクロな記憶力のため、きっとまたやるのです(笑)