◆ありがちな時事ネタ。バレンタイン編。


「うっわ、何だこれ…」
いつものごとく唐突に並盛中の応接室に訪れたディーノは、入るなり驚いた声を上げた。
それというのも、普段何もない真ん中のテーブルに、鮮やかな包みが山となっていたからだ。

「……すっげーなぁ。これ恭弥が貰ったやつ?」
「らしいね」

窓際のデスクで書類を見ていた恭弥は、こちらに視線を向けようともせずにそう答えた。
ディーノが入って来た事にも何の反応も示さない。
相変わらずの無愛想加減に、ディーノは溜息をつく。
これがディーノとある一部の者以外だったら、問答無用で咬み殺されて追い出されるわけだから。
恭弥にとっては破格の扱いだったのだが、ディーノは気付いていない。

「らしいねってお前…」
「朝来たら、ドアの外に積んであったんだよ。ここは鍵がかかってるからね。草壁に中に運ばせた」
「恭弥はもてるんだなー、これ全部チョコだろ?バレンタインの日本の習慣だよな」
「…こんな風に置いて行かれても困るんだけどね」
「そう言ってやるなよ、お前に直接渡せる勇気のある女の子なんて、居ねぇって」
「―――で、あなたは何なの?」
「へ?」

そこで恭弥は見ていた書類から顔を上げ、未だソファの前に突っ立っていたディーノに目をやった。
いつもはラフな格好の彼なのに、今日は何故かスーツをびしっと着て、髪も流して整え。
おまけに右手に持っている、大きな薔薇の花束。
それを見ておかしいと思わない方がおかしい。

「あぁ、これ?恭弥にあげようと思って」
「いらない」

即座にそう言うと。恭弥はパタン、と報告書を閉じて立ち上がった。
ソファに向かうとディーノと反対の方に座る。
すげなく断られ、がっくり…とディーノは肩を落とした。

「何だよー…、別に受け取るくらい良いじゃねーか」
「それを貰う意図がわからないからね」

しょげているディーノを放っておいて、恭弥は机の山に手を伸ばすと、
端に置いてあった高級そうなラッピングの箱を一つ取り出す。
おもむろに包みを開封しだした彼に、ディーノは「へーえ」と感心したように呟いた。

「ちゃんと食べるんだ?」
「食べ物に罪はないからね。ほとんどは風紀委員に配るけど」
「…うーん、良いのか悪いのか…」

箱の中から小粒のチョコを取り出し、銀色の包装紙を開けて、恭弥はぱくっと口に放り込む。
その動作をじっと見て。ディーノは少しだけ複雑な気分が広がった。

(馬鹿みてぇ)

それの正体はすぐにわかる。自分の気持ちを誤魔化すような事は、根が素直な彼はしない。
ただ、その気持ちに、呆れを感じたのは確かだったが。
手に持っていた薔薇の花束を、チョコの山の横に置くと。
ディーノはそのまま応接室から出ていこうとした。

「ちょっと。置いて行くなら説明してからにしなよ」
「んー?」
「想像はつくけれど。意味が無いなら捨てるよ」
「……ご想像通りだよ。こっちじゃチョコの代わりに、花束とかプレゼントを交換するんだ」
「交換?」

適当に説明して行こうとしたのに、そんな所を耳聡く聞き返してくる恭弥に苦笑する。
ディーノは扉の前で少し逡巡した後、視線を向けずにぼそぼそと答えた。

「恋人同士、でさ。過ごす日なんだ今日は。日本じゃ女の子が告白する日になってるみてーだけど」
「……ふーん。それで花束と、その格好ね」

納得した、というように恭弥は頷く。

「…それで、どうしてあなたは帰ろうとしているの」
「ん?…何か、仕事の邪魔したみたいだし。日本の習慣に倣うなら、チョコ買って来た方が良いかなって」
「それこそ要らないよ。あなたは日本人じゃないんだから」

淡々とそう言われて、ディーノはまたもちょっとだけ気持ちがへこむ。
知らない女の子のチョコは食うのに。オレのは要らないって。

(……ったく、本当に馬鹿みたいな嫉妬だな、こりゃ)

食って貰えるならチョコ買って来れば良かったなんて、思っちまうなんて。

「……こっちにおいでよ」
「え…」

見えないように扉の方に顔を向けて嘆息したディーノに、恭弥が思いかけず静かな声で言った。

「そんな所に居ないで、こっちにおいで。…ディーノ」
「…きょ…や」

振り返ったディーノを恭弥はそう呼んで。僅かに口元に笑みを浮かべる。
優しげな表情に、ディーノの心が一気に温かくなった。

(ほんっと。現金だな、オレって)

そう呆れつつも、片手を差し伸べられた誘惑に勝てないのは、どうしようもない。
ディーノは帰りかけていた足を中に向けて、恭弥に近づいて横に座ろうとしたら。
ぐい…っと手を引かれ、そのままソファに押し倒された。

「きょ…っ」
「チョコなんて要らないよ、あなたからは」

低く囁くと、ディーノの身体に跨るように圧し掛かって、顔を近づけてくる。
キスされる…、と思った通り。すぐに唇が合わさり、濡れた舌も入り込んできた。
絡まる唾液が今日はやけに甘くて、鼻腔から吐息が漏れる。
感覚じゃなくて本当に甘い。さっきの…チョコの味…か。
ぼんやりとディーノが思っていると、舌先で上顎を擽られ。感応を誘うそれに、首が竦む。

「…ん、…ぅ…」
「……甘ったるいな、あなたのキスは…」
「は…、それは…さっきの、チョコのせ…、だろ」

息が上がるのを押さえながら、ディーノは恭弥の唇をぺろ…と、舐めた。
微かに残るチョコの味を、こく…と唾液で飲み込む。

「もう1個、食べようか」
「……要らない、だって。それは…お前が貰ったやつだし」
「―――…僕はね、手渡しで貰った物しか口にしないよ」
「え?」

怪訝そうに眉を寄せるディーノの上に乗ったまま、机に手を伸ばして、先ほど選んだ箱を手に取った。
恭弥は中の粒を1つ取り、銀の包装を剥きながら、チョコの山にちらりと視線を流す。

「あれが全部、好意のものとも限らないからね、僕の場合」
「……お前、どんな恨みを買ってるんだよ。…でも、じゃそれは?」
「これ?…美味しそうだったから、買ったんだよ。―――…僕が、ね?」

にや…、と楽しげに微笑を浮かべて、ぽかんと口を緩ませているディーノの口に、チョコを放り込んだ。
そして何かを言われるより先に、唇を自分ので覆う。

「ふ…っ…、ぅ…」

入り込んだ舌が深く絡まってチョコを溶かしていく。
甘く蕩けるような味が口内に広がった。気のせいか、より甘さが増した気がする。
完全にそれが溶けきって、互いの喉に甘さが流れた後。口付けは離れ、擦れた吐息が漏れる。

「美味しい?」
「………、すっげー…うまい…」

ディーノはキスで煽られた所為だけじゃなく、頬に熱を持つのがわかった。
本当に素直じゃないけど。捻くれてるけど。
最後にはこうやって、信じられないやり方で気持ちを伝えてくる。
それにすっかり、はまってしまっている自分が、情けないやら。…嬉しいやら。

「くれるなら…普通にくれたって良いのに」
「何が?…これは自分用に買ったんだよ」

あくまでそうしらを切って、恭弥はまだ残っているチョコを見ると。

「でも気に入ったなら、あなたにあげても良いけど」
「………じゃ、遠慮無く貰ってくよ。花束もちゃんと飾ってくれよ?」
「仕方ないね、暫くは飾ってあげるけど。それよりも、チョコの代わりをくれない?」
「へ?代わりって」

恭弥はきょとん…、と目を瞬かせているディーノの首筋に唇を近づけると。
かぷ…と、甘く噛んだ。

「って…、おい。オレはチョコレートじゃねーぜ」
「そうだね。チョコより甘い…」

ディーノはくすくす、と笑って恭弥の背に手を回した。
場所が気になるが、恭弥の機嫌が良さそうで自分も嬉しくて。
ま…良いか、今日は。なんて恭弥の悪戯を甘受しようと、抱き寄せた時。
恭弥が、くっ…と喉奥で笑った。

「恭弥?」
「恋人と愛を確め合う日…なんだってね。そっちの国じゃ」
「〜〜〜っ!!お前…っ、知ってんじゃねーか!!」
「恋人としてここに来たあなたにご褒美をあげる。存分に…確め合おうか…」

低く耳元で囁く恭弥の声に、ぞくり…とオレは身体を震わせて。
覆い被さってくる恭弥の身体を、ぎゅ…っと抱き締めた。


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2008.02.14


またしてもぎりぎり…(汗)しかし、何とか…日付に偽りはない、です(笑)
と、いうか。ディノFanにとって2月忙しいですね(笑)誕生日にバレンタイン!
あぁ、忙しい(笑)ボス、日本に2週間くらい滞在しないといけない(笑)