◆ありがちな時事ネタ。ディノ誕編。


今日もまた、いつものように街に変化がないか見回りながら、恭弥は学校へと向かっていた。
授業時間より早めに着くのも、いつも通り。
まばらに学校へ入って行く学生と同じように、正門を通ろうとした時。
常とは違う出来事が起こった。

「よう、恭弥!おはよう」
「………………」

朝一からテンション高く、にこにこと手を上げて挨拶してくる外人に。
恭弥のテンションは逆に急降下した。
瞬時に不機嫌なオーラをかもしだす風紀委員長に、学生は蜘蛛の子を散らすように去って行く。
そんな彼の様子も気にせず、ずんずんと金髪の青年、ディーノは恭弥に近づいた。

「何だよ、挨拶くらい返せって」
「不審人物にする挨拶なんてないよ」

すげなくそう言って、相手にしていられないとばかりに、すたすたと通り過ぎて正門を通ってしまった。
「あ、待てよ!」と慌てて着いていこうとしたディーノを振り返って。
いつの間に出したのか、すでに握られていたトンファーを顎先に、ぴた…、と据えた。

「部外者が入ろうとするなら、ここで排除させてもらう」
「問答無用かよ!少しくらい話を聞けっての!」
「僕には話なんてないよ」
「ったく、相変わらず冷たいんだからな。誕生日くらい優しくしてくれねーかなー」
「………誰の?」

ぶつぶつと、これ見よがしに拗ねたように言うディーノに、つい恭弥は聞き返した。
しまった、と思った時はもう遅い。ディーノはそれに、得たりとばかりに笑って。

「オレの!」

と、嬉しそうに告げた。





こんな目立つ人物と正門で話していたら、風紀が乱れる。
帰ろうとしないディーノを“仕方なく”恭弥は応接室に通してやった。
一応、誕生日云々のくだりも、考慮はしているようだ。
備え付けのソファに座ったディーノは、早速本題を切り出す。

「誕生パーティやるんだ、恭弥も来てくれよ!」
「…あなたの国では、自分の誕生日パーティを、自分で宣伝するわけ?」
「へ?それが普通だぜ?こっちじゃ、ケーキを配ったり、パーティの主催とかは本人がやるんだ」
「なるほど、そのお国柄があってこその、その性格なわけだね」

押し付けがましいと言うか、あつかましいと言うか。
日本人の思想からすると有り得ない話である。

「でも、そんな群れの所に僕が行くわけないでしょ」
「群れなんてないぜ。だって、お前1人しか呼んでねーから」

はぁ…、と頭痛を押さえるようにこめかみに触れる手が、ディーノの言葉にぴく、と離れた。

「僕だけ?どうして?」
「お前がそう言うと思ってさ、他の奴らは次の日にしてあるんだ。仕事だっつってさ」
「……僕の為に?」
「だって、お前と一緒に居たかったからな」

臆面も無くそう言って笑うディーノから顔を背け、恭弥は無言で応接室の窓の方へ向かう。
全く本当に、恥ずかしい事をぬけぬけと言うものだ。
呆れが半分なのは良いとして。まんざらでもない自分の方が問題だと思った。
窓のガラスに写る顔が、少しだけ緩んだような気がして。恭弥は溜息をつく。
本当にいつの間にこんなに毒されたのやら。

「なー、恭弥。ホテルの最上階のバー貸しきったんだぜー、来てくれよ」
「未成年を、そんな所に連れていくつもりなの」
「たまには良いだろ!お前と飲みてーし」

背中に聞こえるディーノの声に、素っ気無く答えつつも。
恭弥の気持ちはすでに決まっていた。ディーノにも、自分にも呆れながら。

「わかった。行ってあげるよ」
「ホントか!?やった、言ってみるもんだな。じゃ、行こうぜ!」

不承不承といった様子でOKした恭弥に、ディーノは嬉々として立ち上がって。
窓際の恭弥の腕に手をかける。

「何言ってんの?こんな時間から行くつもり?」
「さすがに学生服で行くわけにいかねーだろ?服とか用意しに行こうぜ。オレの行きつけの店があるんだ」
「ちょ…、っと。そんな事までOKしてな…」

ぐいぐいと引っ張られる身体に、嫌そうに恭弥は言うものの、ディーノはまるで聞きそうになかった。
(仕方ないな…)恭弥は憮然としながらも、今日一日くらいは付き合ってやるか、という寛容な気持ちになっていた。
僕の為に、と用意された茶番に免じて、ね。





しかし、山と詰まれた服の箱やら袋やら、靴の箱やらに。恭弥は了承した事を少しだけ後悔していた。
一軒かと思いきや次々と店を渡り歩いて。
これが似合うだの、なんだのと、自分の意見も聞く前に購入してしまっているのである。

「あのね…、自分の誕生日にこんなに人に贈ってどうするの…」

さすがに苛つきを通り越して呆れ顔になっていた恭弥は、まだ次の店に行こうとしていたディーノを無理矢理留めた。

「良いんだよ、オレが嬉しいんだから。こんな風に付き合ってくれる事なかったし。お前制服しか着ねーし」
「制服しか持ってないわけじゃないよ。こんなに要らない、邪魔になる」

一旦、ディーノが宿泊している部屋にそれらを持ち込んで。
恭弥は適当に一式見繕って手に取ると「後はどうにかして」と、ディーノに突っ返した。

「何だよ。せっかくお前に合うようにって…」
「これだけで良いよ。一番、気に入ったやつでしょう?あなたが」

上質な白のシャツと、グレイのジャケットと黒のズボン。
カシミアの黒のマフラーと手袋と大き目の帽子と。おまけに黒の革靴の一式。
それぞれの店で一番ディーノの反応が良かった物を、恭弥は間違いなく手に取っていた。
それに気付いて、ディーノは、ぱっと表情を明るくする。

「着てくれるのか?」
「……今日だけね。あなたのは、これとこれとこれ」

すげなくそう言って、ディーノがついでに買っていた自分の分から、恭弥は適当に選び出す。
深い茶色のスーツとエンジ色のネクタイは、なかなか色目が良くてディーノも気に入ったものだ。
ちゃんと自分の様子を見て察してくれる事に嬉しくて、ディーノは「grazie!」と破顔した。



それらを持って、恭弥は一旦別れて学校に戻って行った。
何せ朝から何も言わずに出てきてしまったのだ。風紀委員の仕事が止まっているし、草壁にも指示しないといけない。
昼ご飯も一緒に、というディーノの誘いをきっぱりと断り。
恭弥は応接室で風紀の仕事等の報告書を読んでから、再びディーノの元へ向かった。



出迎えたのは、びし、とスーツを着こなし、緩く髪を後ろに流した金髪の青年。
学校からほど近い駅で待ち合わせていたため、とおり過ぎる人が必ずと言って良いほど振り返っていく。
自分が目立つ容姿をしている事に気付いていないのか。はたまた鈍感なのか。
そんな視線は全く気にしない様子で、現れた恭弥に嬉しそうに駆け寄った。

「恭弥!思ったとおり似合うな、可愛い!」

最後の言葉に引っ掛かりを覚え、眉を潜めるが。
嬉しそうに抱き着いてくる相手を、今日だけは見逃してやろうと、思っていた。
“今日だけ”は、特別な日なのだから。

そうしてタクシーに乗り込んで、高級そうなホテルの最上階へと上がる。
街の夜景が一望できる薄暗いバーは、なかなか落ち着いた雰囲気の店で。
煩いものが嫌いな恭弥でも、好みだと思う要素がある店だった。
性格に難はあるが、セレクトするものは間違いはないな。
と、恭弥は手袋やマフラーなど外しながら辺りを見回した。
そしてある事に気付く。

「……貸切って言ったけど。バーテンは…?」
「ん?居ないぜ?お前しか呼んでねーって言ったろ?」
「それじゃあ何、ここにルームサービスでも頼むわけ」

全くおかしな事は何もない、とばかりに首を傾げるディーノに、恭弥は憮然として言った。
せっかくの雰囲気の良い店だと言うのに、用意する人が居ないのではどうしようもないじゃないか。
そんな恭弥の思いを知らずして、ディーノは大丈夫!と胸を張る。

「あっちに食事の用意はしてあるぜ、飲み物はオレが作るし」
「あなたが?できるの?」
「経営のクラブ持ってるし、楽しそうだったから覚えたんだ。バーテンの真似事くらいできるぜ!」

自信ありそうに言うディーノに、一抹の不安を覚える。
確かに、本来ならできるのかも知れないが…今、ここには二人しかいないわけで。

「おわ!!手が滑った!!!」

と用意を初めてすぐ。
予想通り、使おうとしたリキュールの瓶を、床に落としそうになった。
恭弥は咄嗟に手を伸ばして、それを受け止める。

「悪ぃ恭弥。おかしいな、前は上手くできたんだけどなー」
「……貸して」
「あれ、恭弥できるのか?」
「やり方を教えてくれれば、できない事はほとんどないよ」

見かねてディーノの持っていたシェーカーを受け取ると、指示を聞きながら恭弥はカクテルを作り出す。
なるほど、言った通り器用な手付きで、初めてとは思えない動作で進んで行く。
カシャン…、とシェーカーの隙間を空けてグラスに注いだ液体は、何とも綺麗な蜂蜜色をしていた。

「すっげー…、オレなんかより向いてるな。将来オレの店で働くか?」
「馬鹿言わないで。人の為なんかにこんな面倒な事をやりたくないよ」
「……今日は特別?」
「決まってるでしょ」

恭弥は話しながら、先ほど聞いた手順をもう聞き返さずに、次のカクテルを作っていた。
分量だけは時折聞くものの、手つきに危なげなところはない。どうやら自分の分を作っているようだ。

「飲めるの?恭弥」
「……さぁ。飲もうと思った事はないけど」

出来上がりを手にして、ディーノが不思議そうに聞くと、恭弥もまた首を傾げる。
未成年だけど、まぁ…恭弥の分だとわかってから甘めの分量を教えたし、いいか。
恭弥が持っているグラスには、透明なピンクのカクテルが注がれている。
炭酸をベースに酒の量は少なくしたからきっと大丈夫だろう。ディーノはそう思って、グラスを掲げた。

「ありがとな。恭弥」
「……Buon compleanno」

今日付き合ってくれた事に対して、礼を言ってディーノが笑うと。
グラスが合わさる涼やかな音の後、恭弥は囁くようにそう言った。
どこから調べて来たのか、自分の母国語での祝いの言葉に、ディーノは目を見開く。

「何?間違ってる?」
「いや…!!合ってる、嬉しいぜ、恭弥…!」

そう言ってはにかむように笑うディーノの顔は。今日見せた中で一番嬉しそうに見えて。
一旦学校に戻って調べた甲斐はあったかな、と恭弥は思っていた。

く…、と二人してグラスを傾けて中身を飲み干す。
酒の味は良くわからなかったけど。甘くて弾ける炭酸が口当たりが良くて、喉をすう…と通っていく。
ふわりとする酩酊感。酒のせいだろうか、少しだけ気分が良くなる。
その勢いのままに、恭弥はディーノに近づくと。瞬きしている顔を両手で挟んで、口付けた。

ディーノからは、少しだけ苦い味がする。
それを自分の甘い味に絡めてしまおうとばかりに、深く舌を差し入れて、恭弥は口付けを堪能した。

「それじゃあ、…僕からもプレゼントをあげるよ…」
「…ホントに?……すっげー嬉しい、何を?」
「好きなだけ、僕を。…あなたが一番、嬉しいものでしょう?ねぇ…、ディーノ…」

そう囁く濡れた声に、ディーノは目を細めて。
確かに一番、欲しいものかも知れねーな…と、艶やかに笑みを返した。


back


2008.0204



もっとゆっくり準備したかったです(笑)
超特急で書きました、当初の思惑とは全然違う方向にしっとり進みました(笑)
イタリアの誕生日はネットで適当に調べ…以下略って感じで、適当な知識です。
見逃して欲しいです(笑)しかし、もう本当にうちの恭弥は天邪鬼だなぁ…(笑)
ディノヒバになりそうな最後ですが、私的にはヒバディノのつもりです(笑)
この後、酒に酔ったままヤってしまう所までは間に合わなかったです!
ので、そのうち酔ってどろどろな感じの話はどこかで書きたいです(笑)