◆ありがちな時事ネタ。正月編。


しぃんと静まり返る廊下に、足音が一つ響いていた。
いつもは騒がしい校舎も今は閑散としていて、音と言えばその人物の歩く音のみだ。
それもそのはず、ここ並盛中は冬休みの真っ最中で。しかも本日は、元日と言われる日。
そんな日に誰が好き好んで、誰が学校などに来るものか。

しかしその人物は、迷いのない足取りである場所に向かっていた。
目的のその部屋に着くやいなや。ノックもせずに、ガラ…と戸を引いた。

「よぉ、恭弥!やっぱりここに居たな!」

入って来ると共に、静かな空間に似つかわしくない、明るい声がかけられる。
一人、ソファに座っていた恭弥は、一気に賑やかになった場に鬱陶しげに顔をあげた。

「…こんな所にまで、何しに来たの」

相変わらずの素っ気無い態度に、ディーノは「そりゃ、ねぇだろー」と口を尖らせる。

「何回、携帯かけたと思ってんだよ!無視すんなっつーの!」
「で?予想をつけてここに来たってわけ?」
「休みでも学校に居るってリボーンに聞いたからな!来てみて正解だったぜ」

ちらりとも視線を寄越さない恭弥にもめげずにそう言うと、ディーノは恭弥の横に座る。
休みだろうと何だろうと、行きたい時に居たい場所に居るのが雲雀恭弥だ。
そして、愛校心(純粋かどうかは置いといて)溢れる彼は、1日として学校に赴かない時はないらしく。
皆が家で過ごすこんな時でさえ、定位置の応接室で過ごしていた。

「ったく、用があって電話してんだから、取れよなー」
「それで?あなたはわざわざ日本まで、何しに来たの」

隣に座るディーノを冷ややかに一瞥して、恭弥は最初と同じ質問をした。
それから手の中にあった書類のファイルを、ぱたんと閉じる。
休みの間に片付けようとしていた仕事だったが。
この男が来た以上、もはや去るまでは落ち着いて出来ないだろうと、諦めて溜息をつく。

そんな仕種にも気付かず、ディーノは文句もそこそこに「あ、そうそう」と、
ポケットの中に手を突っ込んで何やら取り出した。

「なに…?」
「これ!オトシダマって、言うんだっけ?日本の風習だろ?」

はい、と封筒を差し出したディーノに、怪訝そうに恭弥が問うと。
ディーノは、にこにこと嬉しそうにそう答えた。
一瞬。恭弥は子供扱いされているのかと、剣呑な雰囲気を漂わせるが。
睨みつけようと視線を上げて、そこにある満面の笑みを視界に入れ、毒気を抜かれた。

(…この人にそこまでの考えはないか)

おおかた、どこかで見聞きした事を実行したくて来たのだろう。
嬉しそうに差し出す姿に、からかうような様子もなく。
恭弥が受け取るのを、わくわくしながら待っている、と言った風だった。

普段なら、そんな彼の戯言に付き合ってやる気もないが。
正月と言う事もあって、恭弥の心は少しだけ寛容になっていた。
それに、差し出された金を受け取らない自分でもない。

「くれるなら、遠慮無く貰っておくよ」

手を出した恭弥に、ディーノは「あけましておめでとう!」と、言って封筒を渡した。
何気なく受け取って、恭弥は不覚にも驚きに目を見開く。正面から見ただけでは、悟れなかった感触。

「……あなた。これ…いくら入ってるの…」
「ん?取りあえず、束をひとつ入れとけば良いかなって」

あっけらかんと言うディーノは、恭弥が声を潜める理由がわからないらしく、首を傾げている。
手の平に乗せられた重さと分厚さを考えると、どう考えても、お年玉で渡す金額ではない。
常人と違う生活をしていると思っていたけど。日本人の金銭感覚を甚だ勘違いしている感が否めない。
もしくは、日本円の感覚が良くわかってないのかどちらかだ。

「……くれるなら遠慮無く貰っておくよ」

しかし、その程度の事にそれ以上、動じる恭弥ではない。
普通はこれの100分の1くらいが妥当だなんて、伝える必要もないだろう。
何食わぬ顔で、封筒を受け取って。応接室の机の引き出しに入れた。
すなわち、風紀委員の活動資金のある、引き出しへ。
そんな恭弥の胸中など知らぬディーノは、貰ってくれた事が嬉しいのか、笑顔のままだ。

「どれくらいが相場か良くわからなかったけど、足りるよな?」
「そうだね、僕には相応の額だと思うけど。普通の中学生には少し、多いかもね」
「そうなのか?ま、恭弥にちょうど良いなら、それで良いしさ」

含みのある恭弥の言葉にも疑問に思う事もなく、ディーノはソファに戻ってきた恭弥にそう言う。
少しだけ機嫌の良くなった恭弥は、金額分くらいは付き合ってやるか、
と机のファイルを片付け、「それで、これを渡すために日本に?」と、話し掛けた。
自分に向き合ってくれた恭弥に、ディーノは嬉しさを隠さずに明るい声で答える。

「ん?あぁ、これはついで。恭弥に“あけましておめでとう!”って言いたかったんだ」
「ふうん…、わざわざ物好きだね」
「だって日本じゃ、元旦って1年の初めで、結構特別なんだろ?」
「……まぁ、そう言うけど。僕は別に、昨日と今日で、変わった事があるとは思わないけど」

感慨も無く淡々と言う恭弥に「ま、そうなんだけどよー」と、ディーノは苦笑した。

「オレも別に拘る方じゃないけどさ。新年の最初に、恭弥に会えたら嬉しいなって思っただけだよ」
「…それを素で、臆面も無く言うから始末に終えないよね、あなたみたいな人種は」
「ん?何か言ったか?」

小さく呟いた恭弥の言葉を聞き逃して、ディーノは横を向いて覗きこむ。
「別に」と、恭弥は無表情で答え、こちらを見る顔に手を伸ばした。
真っ直ぐに合う視線に、ディーノは、どき…と鼓動が跳ねる。

「お年玉のお礼に、良い事を教えてあげようか」
「え、ホントか?」

見つめて薄く笑う恭弥に脈拍を上げつつも、興味を引く内容に「何だ?」と身を乗り出した。
疑いもない様子のディーノに、内心でほくそ笑むと「姫初めって知ってる?」と、軽く言う。

「ヒメハジメ?…いーや、聞いた事、ねーな」

音をそのままおうむ返しして、ディーノはきょとん…と、目を瞬かせる。
そう言われるのを見越した上で、恭弥は笑みを深くして続けた。

「恋人同士で、新年明けて初めにする事だよ」

何かわかる?と問題にして続けられ、ディーノは首を傾げた。
“恋人”と言う言葉に、少しだけ驚いたように目を見開いて。

「うーん…、初めてやる事ってゆーと、デート…とか。あ、なんだっけ、お参りとかもするんだよな」
「それは初詣。…教えて欲しかったら実地で教えてあげるけど、どうする?」

あ、何か嫌な予感がする。
ディーノは、じっと見つめる恭弥の顔を見て、心持ち身体を引く。
自分を見るその顔は、悪戯を思いついた時のような楽しげなもの。
こういう顔をする時は、大抵は…

「…教えては、欲しいけど。実地じゃないとダメなのか?」
「嫌なら別に良いよ。無理を言うつもりはないから」

逡巡した様子に恭弥はあっさりと言うと、顔を逸らして、触れていた指を離そうとした。
ディーノは離れて行く感触に思わず、はし…っと、手を掴んで留める。
咄嗟の行動に、はっと手を引っ込めるが。視線を戻した恭弥に、く…、と喉奥で笑われた。

(あー、もう。ぜってぇ、わかっててやってるんだからな…)

自分が跳ねつけられない事を知っていて、試すような事をする恭弥を、じと…と睨みつけるが。
どのみち、どうしようもなくその通りなので、自分が折れるしかない。
観念したディーノは、はぁ…と溜息をついて、「教えてくれよ」と言う。

「何となくもう、想像ついてってけど」
「ふーん?それなのに、了承するんだ」
「だって“恋人”同士がする事なんだろ?…それなら、恭弥とする事に異論はねーし」

そう言って笑って片目を瞑った相手に、今度は恭弥が目を見開く番だ。
結局はこうやって、最後には持ってかれるのだから、たまらない。
恭弥は表情が変わらないうちに、す…っと、身体を寄せると、素早くディーノに口付けた。

「…っ、ん…、んん…」

唐突に奪われる唇に抗わず、そのまま体重をかけられてソファに身体を倒される。
反動で深く合わさり、その隙間にすかさず、恭弥の舌が入り込んだ。
唾液の音が響くほど深く絡められて、暫く後に離れた時には両者の息があがっていた。

「……想像通り?」
「まーな。…これで終りじゃないんだろ?」
「そうだね。これからが、本題だよ」

少し、頬を上気させた恭弥が、覆い被さって艶笑する。
見上げたディーノも同じように微笑して。手を差し伸べて恭弥を抱き寄せた。


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2008.0104
まったくもって間に合ってない元旦ネタです…(笑)
そしてありがちも良いとこな感じのひめはじめ(爆)ま、お約束、お約束…(笑)
最初はお年玉ネタだけだったんですけどね、やっぱ書きたくって(笑)
イタリアの正月はこの際良く調べずに書きました。(笑)