◆ありがちな時事ネタ。クリスマス編。


廊下の角を曲がろうとした時、馴染みの有る声を聞いて立ち止まった。
良く聞く、金髪のイタリア人の少し高めの通る声。
その人物のみだったなら、足を止める必要もなかったのだが。
話し声という事は、前に誰かが居るという事だ。

「オレは24日には帰るつもりだぜ?」
「そうなんですか。みんなでパーティやるから、ディーノさんもどうかなって思ったんですが」
「悪いな、ツナ。参加したいのは山々だが、その日は帰省しなきゃいけなくてさ」
「あ、いえ。急に聞いたオレも悪いし…」
「お前もボンゴレの本拠地に住むようになったら、ファミリーと過ごすようになるぜ!」
「い…いや、オレはマフィアには…」

ぽん!とディーノに肩を叩かれたツナは、毎度の言葉を言って口元を引きつらせる。
そこで、立ち止まっていた恭弥はわざと大きく足音を鳴らして、一歩踏み出した。
反応良くディーノがツナに向けていた顔を上げ、ぱっと笑顔になる。

「恭弥!」
「え゛…っ」

ディーノの呼びかけに、ツナはギク…ッと、後ろを振り向く。
恐怖の代名詞、並盛の風紀委員長こと雲雀恭弥が。距離を置いたままこちらを見据えていた。

「そこの外人。目立つから廊下で立ち話はしないでくれる?風紀が乱れるんだけど」
「すっ、すみません!オレが呼び止めちゃって!!!」
「…君も、もう授業まで1分を切っているけど」

慌てて取り繕ったツナに、冷ややかに視線を向けて、恭弥は事実を述べる。
告げられて気付いたツナは再び「げ!!」…っと顔を引きつらせて。
「じゃ、じゃあディーノさん!また!」と、教室に向かおうとする。
背中に「廊下は走るな」という恭弥の言葉を聞いて。最速の競歩で去って行った。
微笑ましそうにその様子を見ていたディーノは、手を振りながらツナを見送る。

「で、お前は授業は良いのか?」
「僕は出たい授業に出るだけだよ」

慌てる様子もなくそこに居る少年に、ディーノは笑顔のまま話し掛ける。
恭弥は、用は済んだとばかりに踵を返して、来た道を戻って行った。
残されそうになって慌てて恭弥の背を追う。

「はは、お前っていつもそれだよな。風紀委員長がそんなんで良いのか?」
「風紀委員長だから良いんだよ」

そう断言されても不思議には思わないのか、ディーノは「そうかー」と間違った納得をして頷いた。
ずんずん歩いていく恭弥に続いて、あれ?と首を傾げる。

「この道、応接室じゃなくて屋上に向かってるのか?」
「……仕事の区切りがついたからね。屋上で休憩するところだよ」
「そっか。…なぁ、オレも行っていい?」

聞くまでもなく着いて来ているくせに、ディーノは改めて聞いて、恭弥を横から覗きこんだ。
それに、ちら…と、視線を流して。「好きにすれば」と一言返す。
そっけないとはいえ一応の許可を得て、ディーノは笑顔を明るくした。





恭弥は屋上に上がると、フェンスの近くで寝転がった。
今日はとてもいい天気で、頭上には青空が広がっている。
こうした気持ちの良い日に屋上で休憩するのを、恭弥は特に好んでいた。
いつもと違うのは、隣に居る青年の存在。

早々に寝転んだ恭弥に何も言わず、ディーノは隣に座った。
それから黙っているから。ひっそりと横目で窺うと、彼はじっと空を見上げていた。
その横顔を盗み見て、ふと廊下で耳にした内容を思い出した。

確か、24日がどうとか。
あぁ…、そういえば12月に入ってから、街がざわついていた。
恭弥はその日から翌日にかけての、日本の騒がしい様子を思い出し溜息をつく。

特にその行事にも、興味はなかったが…

恭弥は、相変わらず天を仰いでいる彼に「ねぇ」と呼びかけた。
声をかけられたのが嬉しいのか、ディーノは「なんだ?」と笑顔を向けてくる。
身体を起こして座りなおすと、恭弥は「今月の24日から、僕と過ごしてくれない?」
と言って、じっと見つめた。

思いかけない言葉だったのだろう。ディーノはきょとん…と、目を大きくしている。

さて、どう出るか。
先ほどの会話の内容は、しっかり理解していた。
あの草食動物の言う、パーティとやらを断ってまで帰ると言った彼が。
自分の誘いにはどうするだろうと、ただ興味があっただけだ。

返答を待っていると、答えあぐねているのか、視線を落として考えるような素振りを見せた。
さっきは即答していたのに。そうやって迷うくらいはするんだなと、恭弥は目を細める。
付き合いの良い彼が断るのだから、相応の理由があるのだろうと思う。
だから、どうせ断るのだろうと思っていたけれど。

(それでも、僕の誘いだと迷うんだ)

恭弥は少しだけ気を良くして、口端を上げる。

「別に、無理なら断ればいいよ」
「あ…いや。うん…わかった。一緒に過ごそうぜ」

ただの思いつきだったから、実を言うと彼の諾否はどうでも良かったのだが。
まさか了承するとは思わなくて、今度は恭弥が瞠目する。
言葉を止める恭弥に、「なんだよ」と、ディーノは訝しげに言う。

「お前が誘ったんじゃねーか。驚いた顔してんなって」
「……帰るんじゃないの?」

素行は軽いが、いい加減な事を言うような性格じゃないのは知っているから、
そう言ったなら、本気で了解するつもりなのだろう。
それならば、先ほどの断った理由はなんだったのかと、不思議に思うのは当然の事だ。

「なんだ、さっきの聞いてたのかよ。それでその誘いって、意地が悪いぜ、恭弥」
「だから断ると思っていたけれど。相応の理由があるんでしょ?」

恭弥の問いかけに、あぁ、と頷いて。ディーノは微苦笑した。

「イタリアじゃ、さ。24から25日は家で過ごすもんなんだ。だから帰省しなきゃいけないんだけど」
「……だったら、どうして断らないの?」

ディーノの家とはつまり、マフィアのファミリーの事だ。
大きな組織のボスである彼ならば、帰省する事にも大きな意味があるはずで。
簡単に覆してはいけない事だろう。さっきのパーティとやらを断った理由はそれで納得できる。
しかし、それならば…

「適当な事を言ってるんじゃないだろうね…?」
「わ、待った待った!!」

不穏な空気を匂わせて睨む恭弥に、慌てて抑えるように手を前に出す。

「オレだっていい加減な事は言うつもりはねーよ!…でも、お前の誘いだったら…」

聞いてやりてーじゃねーか…、とディーノは語尾を小さくして、照れ臭そうに視線を逸らす。
その様子を見て、恭弥は呆れたように片眉を上げて嘆息する。

「……あなたって、本当に僕の事が好きなんだね」
「お…、お前なぁ…そう言う事を真顔で言うな」

抑揚もなく言われ、ディーノは肩を落とし、頭を垂れた。しかし、言葉への否定はない。

(どうかしてる)

そんな彼も。そして、呆れる気持ちの中に、確かにある自分の気持ちも。

「別に、いいよ。どういう断り方をするか見たかっただけだから」
「………なんだよ、ひでー…なぁ…」

暖かく染まる心を感じながら、それを抑えて淡々と言い、恭弥は視線を逸らした。
ディーノは寂しそうに言って顔を上げるが、すぐに「でも」と、続ける。

「オレは帰らないなんて、一言も言ってねーぜ?」
「……………は?」





そうして24日、当日。
半ば無理矢理に拉致されて連れて来られたのは。
日本からはるかかなた遠方の地。イタリアのディーノの家だった。

「……まさか、こういう手段に出るとは、ね」
「オレ、出来ない事は言わない主義なんだ」

悪びれもなくそう言って笑うディーノを、恭弥はぎろり、と睨む。
確かにこれならば、両方いい加減にしなくても済むから、
そういう選択をしたのは彼らしいとは思う。
それに誘いは自分から言い出した事もあって、帰るとも言えず。
結局、着いて来てしまったのだから。責める事もできない。

……ま、いいか。これくらいの茶番は付き合ってあげよう。

来てしまったからには、今さら帰るとも言えない。
自分と組織を天秤にしたのは癪に障るけれど。
今夜、たっぷりとお礼を貰えばいい話だ。

(この選択をした事を、後悔する事になるかもね)

恭弥はひっそりとほくそ笑むと、屋敷へ案内するディーノの後を追った。



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2007.12.24


またしてもギリギリ(笑)未成年を拉致る駄目な大人…(笑)
当初はこんな話しではなかったのですが…(笑)
例によってイタリアの知識云々は、ネットで調べたくらいのことなので。
見ぬ振りをして頂ければと思います…(笑)