◆ありがちな時事ネタ。ハロウィン編



恭弥が応接室の前に立った時、中からするはずのない人の気配がした。
どうせまた、何の連絡もなしに彼が居るのだろう。
そう予想をつけて扉を開けると、案の定見慣れた青年が「よー、恭弥」と手を上げる。

不法侵入しているディーノに、一言文句を言おうとしたのに。
入室して見た机の上の光景に、開いた口が呆れた言葉に変わった。

「……何これ」

いつもは何もないソファ前の机に、色とりどりの包みが並べられているのだ。
憮然として問う恭弥にディーノは「何の日か知らねーか?」と笑った。

「日本でもあんまり馴染みねぇかな。今日はハロウィンだろ?」
「……、Trick or Treat?」
「そーそー、それ!イタリアでは、dolcetto o scherzettoって言うんだぜ」

恭弥がお決まりの言葉を知っていた事が嬉しいのか、
ディーノは満面の笑みを浮かべて続けると、机の包みを開けだした。
嬉々として缶やら瓶やら取り出す彼に近づいて、問答無用で後頭部を殴る。

「てーーー!!!何すんだ!」
「それって子供がお菓子を略奪していく行事だろ。あなたが持参する事の説明になってないよ」
「略奪ってお前…。まぁ、間違っちゃいないけどよ…」

殴られた頭を痛そうに撫でながら、不機嫌そうな恭弥を見上げた。

「もともとイタリアの風習じゃねーんだけど。ここ数年で流行って、最近は街のガキ共とハロウィンパーティやるよーになってさ。
今年は仕事で日本に居たから、せっかくだから恭弥とやろうと思って」
「……僕を、子供と同じ扱いするつもり…」

かいつまんで説明をすると、ゴゴゴゴ…と音が聞こえてきそうな勢いで殺気が溢れる。
そのまま殴りかかってきそうな恭弥に慌てて「違うって!」と、言い繕った。

「子供扱いとかそーゆうんじゃなくて!ここんとこやってたから、やらないと物足りなくてさー」

そう言って手の中の缶をくるくると弄ぶ様子に、恭弥は武器に伸ばしかけた手を降ろして、盛大に溜息をつく。
街の子供達と一緒に、彼自身も騒いでいる様子が目に浮かぶようだ。
いつも僕を子供扱いするくせに、こんな所を見ると、自分は何が違うんだかと思う。

「そーゆうのが好きそうな、赤ん坊の所の草食動物達とやれば良いでしょ」
「あー、ツナ達か。それも考えたけどなー、そうしたらお前は来ないだろ?」

ちらりと見た恭弥が、当然だ、と言う顔で頷いて、ディーノは微苦笑した。

「お前が居ないなら、つまらないしさ」
「…………」

さらりと続ける言葉に、恭弥は眉を寄せた。
(これを無自覚で言うんだからたまらないな)
再度溜息をついて、しぶしぶと言った様子で横に座った。
恭弥の行動を了承だと捉え、ディーノは表情を明るくする。

皆と騒ぐより、僕一人を選んだって。そう言ったんだよ、あなた。

嬉しそうにお菓子らしき包みを取り出す姿を、恭弥は横目で見て。
指で口元を隠して、僅かに緩ませる。

(仕方ない。少しだけ付き合ってあげようか)

「これこれ、オレのおすすめ。イタリアの店からわざわざ取り寄せたんだぜー」

そう言って取り出したのは、パウンドケーキらしき四角い包み。
可愛らしいラッピングを半分取って、食べやすいようにしてから恭弥に渡す。
正直言うと、甘い物はあまり好きじゃない恭弥だったが。
あまりに、にこにこと嬉しそうに渡すものだから、嘆息しながら受け取って、一口食べた。

「……っ、あ…ま…」

咀嚼している途中で、恭弥の顔がみるみる歪んでいく。
苦手とかそういうレベルではなく、砂糖の分量を間違えてないかと疑いたくなるくらいの甘さに、思わずうめいてしまった。
ディーノの方を窺うと「こんなもんだろー?」と、普通に同じものを口に運んでいて。
決して失敗作の類ではない事を知る。
口に含んでしまったものを吐くわけにもいかず、恭弥は口を手で覆って、何とか飲み込んだ。

「この、甘さ…イタリアでは普通なの?」
「んー?みんなこれくらいだぜ?そう言えば、日本の菓子って食った事ねーけど。どんな味してんだ?」
「……少なくとも、もう少し控え目な味なはずだよ…」

もごもご口を動かしながら、平気で食べるディーノに、信じられないものを見る目を向ける。
食文化の違いは、国の位置と同じくらい距離があるらしい。

「悪いけど。これ以上は無理」
「なんだよ恭弥、口に付けたもんくらい食えよな」

一口しか食べてないケーキを、苦笑しつつディーノが受け取ると、ひょい…と平らげてしまった。

「あなた、甘党だったっけ…?」
「嫌いじゃーねぇな。滅多にこーゆうもん食わなくなったけど、久しぶりに食うと懐かしくてさー」

ふぅん…と、気のない相槌を打って、恭弥は何度も唾を飲み込んでいた。
未だ甘さが舌に残っていて、何とも気分が悪い。

「……ねぇ」
「んー?」

呼びかけに素直にこっちを向くディーノの首元を掴んで、ぐい…っと引き寄せる。
唐突の事に対応しきれず、引き寄せられるままのディーノの唇に、自分のそれを押し付けた。

「ん…っ、んん…っ」

口を塞がれたと思ったら、容赦なく舌を差し込まれて。ディーノは目を見開いた。
唐突なのはいつもの事だが。普段よりもやたらと唾液を絡ませるような動きに、苦しげに息が漏れる。

「……ん…っ、…んっ…はっ…、おま…」

息すら奪われるような勢いの口付けで、離れた後も呼吸が荒い。
じろ…と、咎める視線を向けるディーノに、恭弥は自分の唇をぺろりと舐めた。

「口直しのつもりだったけど、あなたも甘かったね」
「……同じもの食べたんだから、当たり前だろ」

がく…と、肩を落とすディーノを細目で見る。
(確かに同じ甘さだったけど)
恭弥は再度、唇を舐めて、こく…と残った唾を飲み込んだ。

先ほどの気分の悪さは、すっかり消えてなくなっていた。



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2007.10.30


うわー!間に合った(笑)明日を越えると全く意味がなくなるので焦りました。
最初は恭弥が悪戯する話だったんですが、あまりに面白くなくて、書き進まなくって…(笑)
発想の転換をしたら出来上がった次第。
お祭好きなイタリア人から誘う方が自然だと思ったんですが、実際考えると、ちょっとおかしい…くっ(笑)
一応、ネットで調べた知識を織り込んでますけど、間違っているかも知れませんのでスルーで!
イタリアのお菓子って、すげー甘いらしいですよ(笑)つか、話も甘…(爆)